マイケル・ゴメス

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マイケル・ゴメス
Allan Stevenson - Gomez.jpg
基本情報
本名 マイケル・アームストロング
通称 プレデター(Predator)
階級 スーパーフェザー級
身長 166cm
リーチ 173cm
国籍 イギリスの旗 イギリス
誕生日 1977年6月21日(37歳)
出身地 アイルランド共和国の旗 アイルランド
ロングフォード州ロングフォード
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 48
勝ち 38
KO勝ち 24
敗け 10
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マイケル・ゴメスMichael Gomez、男性、 1977年6月21日-)は、イギリスのプロボクサー。アイルランドロングフォード州ロングフォード出身。元BBBofC中部フェザー級王者。元IBFインターコンチネンタルフェザー級王者。元BBBofC英国スーパーフェザー級王者。元WBOインターコンチネンタルスーパーフェザー級王者。元WBU世界スーパーフェザー級王者。元WBAインターコンチネンタルスーパーフェザー級王者。 彼はアイリッシュ・トラベラーズのアームストロング家の家族の一員としてアイルランドロングフォード州ロングフォードで生まれ、ダブリンで過ごし、9歳の時に家族と共にマンチェスターへ移った。 1995年にプロボクサーとしてデビューしてからは2000年BBBofCからロンズデールベルトを贈呈されたり、2003年にはアレックス・アーサーを破るなどBBBofC英国スーパーフェザー級王者として大きな功績を残した。2008年にはアミール・カーンに挑戦し、2009年にはリッキー・バーンズに挑戦しカーンにもバーンズにも敗れはしたが、のちに世界王者となる有名選手との激闘を演じた。

人物背景[編集]

マイケル・ゴメスことマイケル・アームストロングはアイリッシュ・トラベラーズのアームストロング家の家族の一員としてアイルランドロングフォード州ロングフォードで生まれた。彼の母親は、目の不自由な彼の父親の代わりに車を運転していて街灯の柱に車を衝突させてしまったが、彼を連れて病院に働きに出ていた。マイケルは後部座席に乗せられて連れられていたのだが。

ミット打ちをしているマイケル・ゴメス

彼の家族はダブリンに移り住み、彼が9歳の時にはマンチェスターへ移った。網膜色素変性症がかなり進行し、彼の父親は目が見づらくなったので、マンチェスターに彼の家族は移り住むことにしたのだ。彼は10人兄弟だった。 彼の妹のルイーズが乳幼児突然死症候群で死んでからは、彼の母親は別人になったかのように家族と過ごしていた。 その後、彼はいろいろな孤児院に入ったり、不登校を繰り返すことに青年期を費やした。母親から子供による万引きの方法を教わるなどマンチェスターでの青年期の大部分は軽犯罪と関わっていた。 9歳の時にブライアン・ヒューズのCollyhurstやモストンボーイズクラブでボクシングのトレーニングを開始した。マンチェスター北部のローカルチームが彼が支払えないほどの罰金を科すまでは、サッカーもしていた。ボクシングに集中する為にサッカーをやめた。彼が孤児院で過ごしてる時に残った仲間で、のちに彼の妻となるアリソンとの出会いもあった。彼のキャリアの初期の頃の17歳のときである。

戦歴[編集]

1995年6月10日、デビュー戦となるマンチェスターでの6回戦で判定勝ちを収めた。

1999年2月27日、空位のBBBofC中部フェザー級王座を獲得した。

1999年5月29日、IBFインターコンチネンタルフェザー級王座を獲得した。

1999年9月4日、空位のBBBofC英国スーパーフェザー級王座を獲得した。

1999年11月6日、WBOインターコンチネンタルスーパーフェザー級王座を獲得した。

2000年2月29日にBBBofC英国スーパーフェザー級王座の初防衛、同年7月8日には2度目の防衛、同年12月11日には3度目の防衛に成功した[1]

2001年2月10日にラズロ・ボグナーと対戦し9回1分0秒TKO負けを喫しWBOインターコンチネンタルスーパーフェザー級王座の2度目の防衛に失敗し王座から陥落したが、同年7月7日にラズロ・ボグナーと再戦し、3回1分0秒TKO勝ちを収め同王座に返り咲いた。

2001年10月27日、BBBofC英国スーパーフェザー級王座の4度目の防衛に成功。その後、同王座を返上。

2002年6月1日、ケビン・レアと対戦し、ゴメスの8回終了時棄権により空位のWBU世界スーパーフェザー級王座獲得に失敗した。

2003年10月25日、アレックス・アーサーの持つBBBofC英国スーパーフェザー級王座並びにWBAインターコンチネンタルスーパーフェザー級王座に挑戦し、5回2分58秒TKO勝ちを収め、BBBofC英国スーパーフェザー級王座への返り咲きに成功し、WBAインターコンチネンタルスーパーフェザー級王座の獲得に成功した[2]

2004年4月3日、空位のWBU世界スーパーフェザー級王座の獲得に成功した。

2005年2月11日、ハビエル・オズワルド・アルバレスに6回2分25秒TKO負けを喫しWBU世界スーパーフェザー級王座の3度目の防衛に失敗、王座から陥落した。

2006年1月28日、ピーター・マクドナーに6回2分4秒TKO負けを喫しアイルランドライト級王座の獲得に失敗した。

2007年10月19日、BBBofC英国スーパーフェザー級王者カール・ヨハンセンに6回2分50秒TKO負けを喫し、同王座への返り咲きに失敗した。

2008年6月21日、コモンウェルスイギリス連邦ライト級王者アミール・カーンに5回2分33秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した[3]

2009年3月27日、コモンウェルスイギリス連邦スーパーフェザー級王者リッキー・バーンズに7回0分47秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した[4]

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この頃にロンズデールベルトを贈呈されたと思われる。
  2. ^ Gomez stuns Arthur BBC SPORT(英語) 2003年10月25日
  3. ^ Amir Khan Survives Knockdown To Stop Michael Gomez In Sensational Five Round Battle! EAST SIDE BOXING(英語) 2008年6月21日
  4. ^ Ricky Burns Stops Michael Gomez In 7th Round EAST SIDE BOXING(英語) 2009年3月28日

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
ケビン・レア
WBU世界スーパーフェザー級王者

2004年4月3日 - 2005年2月11日

次王者
ハビエル・オズワルド・アルバレス