マイカ・ホフパワー

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マイカ・ホフパワー
Micah Hoffpauir
NF-Micah-Hoffpauir20130309.jpg
日本ハム時代(2013年3月9日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州フォートワース
生年月日 1980年3月1日(34歳)
身長
体重
192 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2002年 MLBドラフト13巡目
初出場 MLB / 2008年5月18日
NPB / 2011年4月12日
年俸 6,800万円(2013年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェームズ・マイカ・ホフパワーJames Micah Hoffpauir , 1980年3月1日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州出身のプロ野球選手内野手外野手)。

来歴[編集]

シカゴ・カブス時代[編集]

カブス時代(2010年9月5日)

2002年シカゴ・カブスよりドラフト13巡目(全体393位)で指名される。

2006年途中にAAA級アイオワ・カブスに昇格するも自身の成績は低迷を続ける。しかし2008年の開幕から猛烈な勢いで打ち出し、72試合の出場ながら打率.362、本塁打25、打点100という驚異的な数字をマークし打撃が開花。5月にメジャーデビューを果たし、メジャーとマイナーを往復しながらも打率.343をマーク。9月25日のニューヨーク・メッツ戦では2本塁打を含む5打数5安打の活躍を見せた。

2009年は外野の両翼と一塁での起用が増え105試合に出場。10本塁打を放つが、メジャー・マイナーともに打率は2割前半までに落ち込んだ。

2010年は大半をマイナーで過ごすも、シーズン途中にデレク・リーが移籍したため、8月23日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャー再昇格。ゼイビア・ネイディらとの併用でのスタメン出場もあったが、24試合の出場に留まり、打率.173、本塁打なし、5打点に終わった。

11月19日には北海道日本ハムファイターズとの契約合意が発表された[1]

日本ハム時代[編集]

2011年4月12日の埼玉西武ライオンズの開幕戦に来日初先発出場を果たす。2回裏に涌井秀章から初打席初安打、4回裏に初打点を放つと、翌13日の西武戦には2回裏に帆足和幸から来日第1号本塁打を放った。4月17日の千葉ロッテマリーンズ戦では、1回裏に大嶺祐太から2試合連続となる逆転満塁本塁打を放ち、この日プロ初先発の斎藤佑樹の初勝利に貢献した。その試合の後、5月まで打率.238、7本塁打、OPS.786を残すが、6月と7月にかけては打率.200、2本塁打、OPS.610と低迷し、その後は左投手相手にはスタメンを外れるなど首脳陣の信頼を得られず、最終的には12本塁打36打点に留まった。打率も.222と低迷したが、四球はチームで2番目に多い38個を選んでいる。クライマックスシリーズのファーストステージ第2戦では、4回裏に西口文也から右中越ソロ本塁打を放った。

2012年は日本の野球に順応し、ターメル・スレッジが故障で離脱した後の前半戦は主にスタメンで出場し勝負強さを見せた。11月5日に、ブライアン・ウルフと同時に2013年の契約が最速で合意に達した。

2013年は8月21日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で、見逃し三振に倒れた打席で球審に暴言を吐いたとして退場処分となった。

9月4日に出場選手登録を抹消され、翌9月5日に球団から退団することが発表された[2]

選手としての特徴[編集]

2009年に10打数に1本の割合で長打を放ったパワーを生かした豪快な一発とハッスルプレーが持ち味で、そのプレースタイルからハッスル・ザ・ホフの愛称でシカゴのファンから親しまれた[3][4]。一方で三振も多く、4打席に1度以上の割合で三振を喫している。

前述の通り、毎年春先は好成績を残すが5月以降に失速する傾向がある。特に7月から8月末までにかけては通算打率1割台と調子が悪く、本人は原因について「最初が良いので、俺は打てるんだとうぬぼれてしまうのが間違い」と語っている[3]。 一塁と外野両翼を守ることができるが、守備はいまいち[5]守備防御点UZRでも平均以下の数値が残っている。しかし、送球の捕球能力は非常に高く、ワンバウンド送球を後ろに逸らすことはポジションを争う稲葉篤紀と比べ非常に少ない。

人物[編集]

日本ハムでチームメイトだったボビー・スケールズは、カブスでも同僚であった。

応援歌は、かつて在籍していたマイカ・フランクリンのものが使用されている。

2012年の日本生命セ・パ交流戦横浜DeNAベイスターズ戦では試合前にDeNA監督中畑清に、「こんなに凄いバッターを代打で使えるなんて羨ましいよ」と言われた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 CHC 33 80 73 14 25 8 0 2 39 8 1 0 0 0 6 0 1 24 0 .342 .400 .534 .934
2009 105 257 234 28 56 12 1 10 100 35 1 0 0 2 20 1 1 46 3 .239 .300 .427 .727
2010 24 57 52 5 9 3 0 0 12 5 0 0 0 0 5 0 0 15 3 .173 .246 .231 .476
2011 日本ハム 122 373 329 29 73 14 0 12 123 36 0 2 0 6 38 3 0 99 7 .222 .298 .374 .671
2012 109 325 296 28 73 13 0 14 128 37 1 0 0 1 25 0 3 81 3 .247 .311 .432 .743
2013 69 163 145 13 27 3 0 5 45 15 0 0 0 0 16 1 2 53 2 .186 .310 .276 .586
MLB:3年 162 394 359 47 90 23 1 12 151 48 2 0 0 2 31 1 2 85 6 .251 .312 .421 .733
NPB:3年 300 861 770 70 173 30 0 31 296 88 1 2 0 7 79 4 5 233 12 .224 .296 .384 .680
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2011 73 614 51 5 41 .993 -
2012 33 262 18 0 30 1.000 -
2013 30 239 28 3 23 .989 2 1 0 0 0 1.000
通算 136 1115 97 8 94 .993 2 1 0 0 0 1.000

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB初記録
NPBその他の記録
  • 2試合連続満塁本塁打:(2013年5月2日 - 5月3日) ※史上7人目

背番号[編集]

  • 6 (2008年 - 2010年)
  • 9 (2011年 - 2013年)

脚注[編集]

  1. ^ 新外国人マイカ・ホフパワー選手と契約合意 - 北海道日本ハムファイターズ公式ホームページ
  2. ^ ホフパワー選手退団のお知らせ - 北海道日本ハムファイターズ 2013年9月5日
  3. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、375頁。ISBN 978-4-331-51439-9
  4. ^ 月刊スラッガー』2009年4月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-4、53項
  5. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、336頁。ISBN 978-4-331-51370-5

関連項目[編集]

外部リンク[編集]