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ポール・ロビンソン |
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| 名前 |
| 本名 |
Paul William Robinson[1] |
| 愛称 |
ロボ、イングランドNo.1 |
| カタカナ |
ポール・ウィリアム・ロビンソン |
| ラテン文字 |
Paul ROBINSON |
| 基本情報 |
| 国籍 |
イングランド |
| 生年月日 |
1979年10月15日(32歳) |
| 出身地 |
ベヴァリー |
| 身長 |
193cm |
| 体重 |
90kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
ブラックバーン・ローヴァーズ |
| ポジション |
GK |
| 背番号 |
1 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
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| 代表歴 2 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。
2. 2008年8月14日現在。
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ポール・ロビンソン(Paul Robinson, 1979年10月15日 - )はイングランド、ベヴァリー出身の元同国代表サッカー選手。ブラックバーン・ローヴァーズFC所属。ポジションはゴールキーパー。
[編集] 経歴
リーズ・ユナイテッドAFCのアカデミーを経て1998年にプロデビューを果たす。2003-2004シーズンにはスウィンドン・タウンFC戦でGKながらヘディングでプロ初ゴールを挙げた。しかしリーズ所属時には元イングランド代表のナイジェル・マーティンの影に隠れ、コンスタントに試合に出ることができなかった。
ところが、2004年にトッテナム・ホットスパーFCに移籍すると、才能が一気に開花。その活躍によりマンチェスター・ユナイテッドFCから高額のオファーを受けていたが、トッテナムと契約延長した。デビッド・シーマン現役時は第3ゴールキーパーに甘んじていたものの、シーマン引退後は抜群の反応力とセービング能力、安定感が評価され2006年にはイングランド代表においてディビッド・ジェームスを追いやり正ゴールキーパーの座を獲得。ドイツワールドカップでは全試合フル出場を果たし、ベスト8進出に貢献。
しかし、2007年にロビンソンはイングランド代表において後世に残るような珍事を喫してしまう。EURO2008予選のクロアチア戦でロビンソンはガリー・ネヴィルのバックパスを蹴リ返そうとしたところ空振りしてしまい、ボールはそのまま無人のゴールに転がっていった(記録はネヴィルのオウンゴール)[2]。翌日の地元紙などにこのことを「ROBBISH(ロビンソンとごみくずという意味のrubbishをかけた)」などと酷評され、この試合で数回ファインセーブを見せていたロビンソンにとっては不幸な出来事であった(通常、ゴールキーパーへのパスはこのような事態に備えてゴールの枠を外すのが鉄則であり、プレスをかけられていたとはいえそれを怠ったネヴィルも若干軽率であった事は否めない)。
この一件の後、完全に不振に陥ってしまい、トッテナムでもラデク・チェルニーにポジションを奪われて出場機会が激減した。
2008年、トッテナムはPSVアイントホーフェンからブラジル代表のエウレリョ・ダ・シウヴァ・ゴメスを獲得。ロビンソンは構想外となり、出場機会を求めて7月25日にブラックバーン・ローヴァーズFCに移籍した。ブラックバーン移籍後は再び正ゴールキーパーとして活躍している。
南アフリカワールドカップ後の2010年8月8日にハンガリー代表との親善試合のメンバーに選出されたが、出場を辞退し代表引退を表明した。[2]
[編集] エピソード
- ロッカールームではよく喋りうるさい[要出典]。
- 2006年のドイツW杯のパラグアイ戦では自身が蹴ったボールがモニターTVに当たった事がある。試合後、ロビンソンは壊したモニターの弁償をするはめになる。
- 2007年、プレミアリーグのホームでのワトフォードFC戦で、ロビンソンは88mのロングフィードを蹴りそれがワンバウンドして相手GK・ベン・フォスターの頭上を越えてゴールに吸い込まれた。スウィンドン・タウン戦に続くプロデビュー後2得点目を決めた。ロビンソンのようにセットプレーのキッカーを任されている訳ではないGK(ホセ・ルイス・チラベルトのようなFKやPKを得意とするGKもいる)が2ゴールするのは異例である。
[編集] 所属クラブ
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注