ポール・デルレード

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ポール・デルレード

ポール・デルレード(Paul Déroulède、1846年9月2日 - 1914年1月30日)は、フランス作家・右翼的政治家

法学を修め一時期は詩人となったものの、普仏戦争に参加。幾つか勲功を挙げたがプロシア軍の捕虜となり、逃亡して後パリ・コンミューン鎮圧の軍事行動に加わる。その後軍を退役して、ドイツへの復讐を主張する文章を寄稿。ジョルジュ・ブーランジェブーランジェ運動を率いて体制変革を目論もうとした際には、愛国者同盟に拠ってブーランジェを支持しクーデター一歩手前の状況にまで事態を推し進めた。だがブーランジェが土壇場で国外逃亡するに至り運動は瓦解、ポールは暫く県議会議員を務めていたものの反乱罪でスペインに国外追放されたこともある。その政治遍歴の中で、ドレフュス事件ではドレフュス弁護の論陣を張って右派主流と祖語をきたし、また共和体制を支持しながらも強力な大統領権限を主張するなど現在のフランス第五共和政の原型となる政治構想をも抱いていた。

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