ポーヤ・ジェルジ

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Flag of Hungary.svg この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、ヨーロッパ風にジェルジ・ポーヤと表記することもあります。
ポーヤ・ジェルジ
Pólya György
ポーヤ・ジェルジ、1973年
人物情報
生誕 1887年12月13日
ブダペスト, オーストリア=ハンガリー帝国
死没 1985年9月7日(97歳)
パロアルト
国籍  オーストリア (-1918)
 スイス (1918-1947)
 アメリカ (1947-) [1]
出身校 エトヴェシュ・ロラーンド大学
学問
研究分野 数学
研究機関 チューリッヒ工科大学
スタンフォード大学
博士課程
指導教員
フェイェール・リポート英語版
主な業績 多変量ポーヤ分布英語版
ポーヤ予想英語版
ポーヤ枚挙定理英語版
ランダウ-コルモゴロフ不等式英語版
プロジェクト:人物伝
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ポーヤ・ジェルジ(ハンガリー語: Pólya Györgyジョージ・ポリアなどとも表記される、1887年12月13日 - 1985年9月7日)はハンガリー数学者1914年から1940年にはチューリッヒ工科大学の、1940年から1953年まではスタンフォード大学数学教授を歴任した。組み合わせ数学数論数値解析確率論の基礎となる部分に功績がある。また、ヒューリスティクスと数学教育の分野に貢献した。

生涯と研究[編集]

彼はオーストリア=ハンガリー帝国時代のブダペストに、1886年カトリックに改宗したアシュケナジムのドイチュ・アンナとポーヤ・ヤカブ夫妻のもとに生まれた[2]。彼は1914年から1940年まではスイスのチューリッヒ工科大学の、1940年から1953年まではスタンフォード大学の数学教授を務め、その後は生前ずっとスタンフォード大学の名誉教授であった。彼は級数、数論、解析学幾何学代数学、組み合わせ理論、確率といった非常に多くの分野を研究した。[3]

ヒューリスティクス[編集]

彼はその後半生において多大な時間を割いて、人々が問題を解決する方法や、問題を解決する方法を教えあるいは学ぶ方法を明らかにすることに努めた。彼はこれに関して『いかにして問題をとくか(How to Solve It)』、『数学の問題の発見的解き方(Mathematical Discovery: On Understanding, Learning, and Teaching Problem Solving)』、『数学における発見はいかになされるか 第1巻:帰納と類比 (Mathematics and Plausible Reasoning Volume I: Induction and Analogy in Mathematics)』、『数学における発見はいかになされるか 第2巻:発見的推論―そのパターン(Mathematics and Plausible Reasoning Volume II: Patterns of Plausible Reasoning)』の4冊の本を書いている。

いかにして問題をとくか』では、ポーヤは、数学的な問題に限らずあらゆる種類の問題を解決するための一般的なヒューリスティクスを与えている。本書には数学を学ぶ学生に対する助言やヒューリスティクス用語のミニ辞典が含まれている。本書は数か国語に訳され百万冊以上売れた。ロシア物理学者ジョレス・アルフョーロフ(2000年ノーベル物理学賞を受賞した)も本書を称賛して、ポーヤの有名な本を読んで私は大変満足していると述べている。本書は算数・数学教育において言及されてもいる。ダグラス・レナットの制作したAIであるオートメイテッド・マスマティシャンやユーリスコーはポーヤの研究に触発されて作られた。

直接的に問題解決を扱った自身の著作に加えて、ポーヤは1963年にアメリカ国立科学財団の支援を受けて行った研究に基づいて『自然科学における数学的方法(Mathematical Methods in Science)』というタイトルの本を書いた。編者としてリオン・ボーデンがつき、アメリカ数学協会から1977年に出版された。ボーデン教授は本にまとめるために、スタンフォードで何度かにわたって行ったポーヤの進行を記録したテープを注意深く聞き取った、とポーヤが序文に書いている。また、ポーヤは「本文に書いてあることは有用だろうが、それらは完成した表現だと扱われるべきではないこと」とも序文に書いている。

彼はカリフォルニア州パロアルトで死去した。

遺産[編集]

1969年に産業・応用数学協会はポーヤ賞を設立して、「組み合わせ理論の顕著な応用」と「ポーヤ・ジェルジが関心を持ったその他の分野での顕著な功績」に、それぞれ1年おきに賞を与えることとした[4]。1976年にはアメリカ数学協会が「優秀な説明をした記事に対して」ジョージ・ポーヤ賞を与えることが「カレッジ・マスマティクス・ジャーナル」から発表された[5]1987年にはロンドン数学会が「イギリスにおいて数学の想像力豊かな説明や顕著な功績に際立った創造性を示したものに対して」ポーヤ賞を与えることになった[6]

数学センターはモスコーアイダホ大学での彼の業績に因んで名づけられた。数学センターは代数学や微分積分学の問題に関して学生に個人指導することに重点を置いている[7]

著作[編集]

日本語訳[編集]

単著[編集]

共著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Urs Stammbach (2009年10月28日). “Pólya, George” (フランス語). The History of the Historical Dictionary of Switzerland. 2012年1月31日閲覧。
  2. ^ J. J. O'Connor; E. F. Robertson (2002年11月). “George Pólya” (英語). University of St Andrews. 2012年1月31日閲覧。
  3. ^ Roberts, A. Wayne (1995), Faces of Mathematics, Third Edition, New York, NY USA: HaperCollins College Publishers, p. 479, ISBN 0-06-501069-8 
  4. ^ SIAM: George Pólya Prize” (英語). Society for Industrial and Applied Mathematics. 2012年1月31日閲覧。
  5. ^ George Pólya Award” (英語). Mathematical Association of America. 2012年1月31日閲覧。
  6. ^ LMS Pólya Prize” (英語). London Mathematical Society. 2012年1月31日閲覧。
  7. ^ Polya Mathematics Center” (英語). University of Idaho. 2012年1月31日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]