ポルトゥガレテ

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Portugalete

Portugalete bandera.svg   Escudo de Portugalete.svg

Portugaletevizcaya.jpg
Flag of the Basque Country.svg バスク州
Bizkaikobanderea.svg ビスカヤ県
面積 3.21km² [1]|3.21km² [1] km²
標高 26m
人口 47,856人(2,010年)[1] 人 ()
人口密度 14,908.41人/km² [1] 人/km²
Portugaleteの位置(スペイン内)
Portugalete
Portugalete
スペイン内のポルトゥガレテの位置
Portugaleteの位置(ビスカヤ県内)
Portugalete
Portugalete
ビスカヤ県内のポルトゥガレテの位置

北緯43度19分10秒 西経3度1分10秒 / 北緯43.31944度 西経3.01944度 / 43.31944; -3.01944座標: 北緯43度19分10秒 西経3度1分10秒 / 北緯43.31944度 西経3.01944度 / 43.31944; -3.01944

Bizkaia municipalities Portugalete.JPG

ポルトゥガレーテPortugalete)は、スペインバスク州ビスカヤ県ムニシピオ(基礎自治体)。グラン・ビルバオに属し、ビルバオ河口左岸に位置する。人口密度は自治州内で最も高い。市街は、ビルバオ海岸とバロンティ川の間の丘陵地帯に広がる。

歴史[編集]

1322年、ナヘラ伯女マリーア・ディアス・デ・アロによって町がつくられた。それより100年前から、船乗りたちの間には天然港の避難場所として知られていた。

18世紀の神父で作家であるフアン・アントニオ・モゲルは、ポルトガル(Portugal)とポルトゥガレテが、元はどちらもケルトの港を意味するPortus-galorumで、のちに2つに分離したという説を支持していた。しかし、ポルトガルもポルトゥガレテもその説を支持していない。ポルトゥガレテは、最初ウガレテ(Ugalete)またはウガレタ(Ugaleta)とバスク語で呼ばれていた地が、ローマ人がやってきてポルトゥ(Portu、港)を付け足したにすぎないとする。

マリーア・ディアス・デ・アロが授けた憲章はやがて失われ、1432年にフアン2世が追認した憲章が今に残る記録となっている。この時代のポルトゥガレテは、漁業と同じく羊毛や鉄の運搬や貿易で恩恵を受けていたことが伝わっている。

19世紀に産業革命が起こって経済が活気付き、鉄道が敷設され、吊橋が湾内に架けられた。

余暇に適した海岸に面していたために、新興ブルジョワ階級の人々はポルトゥガレテにこぞって夏の別荘を建てた。20世紀以降も、ポルトゥガレテは左岸の貿易と保養のハブ地であった。現在のポルトゥガレテには大規模な工業施設はなく、中規模の金属加工業、機械工業、建設業が残る。住民の多くは周辺の工業地帯で働いている。農業は、継続した工業活動のために消滅した。

人口[編集]

グラン・ビルバオ地域のベッドタウンとして発展し、1950年代から1970年代までカスティーリャガリシアからの移住者が流入した。1980年代に人口密度は最高に達したが、以後は失業率の上昇や住宅価格の高騰が原因で人口の伸びは鈍化した。

ポルトゥガレーテの人口推移(1900年 - 2010年)
 1900  1910  1920  1930  1940  1950  1960  1970  1981  1991  2000  2010
 5.182  5.663  7.629  10.169  10.612  12.211  22.584  45.589  57.534  55.404  52.681  47.856
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[2]、1996年 - [3]

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]