ボニファーチオ・ディ・カノッサ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ボニファーチオ・ディ・カノッサBonifacio di Canossa, 985年 - 1052年5月6日)は、カノッシアーナ (Canossiana) と呼ばれた家系の最後の子孫で、神聖ローマ帝国期の中世領主の中では最も有力であった。

ボニファーチオは、アットーニ家の先祖の祖父アダルベルト・アット (Adalberto Atto) またはアットーネ (Attone) の後継者であった。そして、ランゴバルド族の家系テダルド・ディ・カノッサの息子である。

リキルデ (Richilde) と結婚、その後上ロレーヌ公フリードリヒ2世の娘ベアトリーチェ・ディ・ロタリンジャ (Beatrice di Lotaringia)と再婚し、3人の子供を持った。

先代:
ラニエーリ・ディ・トスカーナ
トスカーナ辺境伯
1027年 - 1052年
次代:
フェデリーコ・ディ・カノッサ