ボトルメール
ボトルメールあるいは(むしろ)メッセージ・イン・ア・ボトルとは、瓶に封じて海や川などに流された手紙のこと。
“ボトルメール”という表現は日本ではそれなりに使われているが、英語ではそうした表現の頻度は少なく、 message in a bottle メッセージ・イン・ア・ボトルと表現するほうが一般的であり、さまざまな作品名にも用いられている。(メッセージ・イン・ア・ボトルおよびen:Message in a bottle (disambiguation)も参照のこと。)
イタリア語でも英語と類似した「messaggio in bottiglia」といった表現が好まれるが、フランス語では「bouteille à la mer」(「海中の瓶」といったような表現)のほうが好まれる。
日本語では「瓶詰めの手紙」や「瓶入りの手紙」または「漂流ビン」などと表現することが多いが、特に定まった表現は無い。
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瓶詰めの手紙[編集]
1784年、日本人のMatsuyama Chunosukeと43人の仲間が太平洋諸島へ財宝探しに行こうと海にのりだしたが、嵐に遭い珊瑚礁に座礁し近くの島に避難せざるを得なくなった。だが、その島で飲料水と充分な食糧を見つけることができず、そこで得られるココナッツや蟹だけを食べているうちに脱水症と飢餓で死亡者が出始めた。そこでMatsuyamaは自分が死ぬ前に、自分たちの旅で起きたことをココナッツの木の断片に書き、それを瓶につめて海に流した。およそ151年後の1935年、日本のワカメ採りの人がその瓶を見つけた。その瓶は、Matsuyamaの故郷Hiraturemuraの海岸に漂着していたのであった、とRobert Kraskeの The Twelve Million Dollar Note: Strange but True Tales of Messages Found in Seagoing Bottles" (1977)には書かれているらしい[1]。
1876年以降、スコットランドから離れたSt Kilda島の人々は容器に手紙を入れて流しコミュニケーションをとるということを行っていたという[2]。
1914年、第一次世界大戦のさなか、イギリスの兵士 Thomas Hughesは妻に宛てた手紙を緑色のボトルにつめてイギリスの海峡で投げ込んだ。彼は2日後、フランスにおける戦いのさなかに死亡した。1999年、漁師のSteve Gowanがテムズ川でそれを拾い上げた。(宛先の女性はすでに1979年に亡くなっていたが)その手紙は1999年、ニュージーランドに住んでいる、女性の娘に届けられた、というニュースが流れた。[3]
ギネス世界記録に登録されている、回収された事のある最古のボトルメールは、1914年6月10日に海に流され、2012年4月に発見された手紙である。これは、グラスゴー航海学校のC・ハンター・ブラウンが流した合計1890本の瓶のうちの315本目に回収された瓶であり、「646B」という番号が振られている。北海の深層海流を調査する目的で放流されたものであり、海底付近を流れるように特別な錘が付けられている。これによって瓶は、浜辺に打ち上げられるかトロール船の底引き網で回収される仕組みとなっている。瓶はアンドリュー・リーパーの船コーピアス号によって、放流地点からわずか約15kmのシェトランド諸島近海で網によって引き上げられた[4]。
現代の日本では、子供たちに夢を与える等の目的で実際に手紙入りのボトルを海に流すイベントが開催されることがある。このようなときに流される手紙には、誰かに送達されたことの確認を求めるために返信先が書かれていることが多い。
フィクションに目を向けると、 アガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』(1939)では、犯人が海に投げられた瓶の告白文から真相が明らかになる描写になっている。1998年には米国のニコラス・スパークスがメッセージ・イン・ア・ボトルというタイトルの小説(ラブストーリー)を書き、翌1999年には同国で映画化された(「メッセージ・イン・ア・ボトル (映画)」)。
日本の小説では夢野久作の『瓶詰の地獄』(1928)に登場する。 日本の漫画では、無人島で救出を求める人物とともに描写されることが多い(『パーマン』第20話「ウレッシャー号みつけた」では、座礁した潜水艦の魚雷発射管から「艦内酸素は残り24時間、この手紙が最後の頼り、至急救助求む」の文面で射出されている)。
風船[編集]
似たものとして、風船に手紙を繋いで飛ばし、しぼんで落ちた先の人に読んでもらうものもある。
1986年2月、世田谷区立旭小学校で開校105年を記念し放たれた手紙付き風船の一つが皇居内に落下し、落ちて来るのを偶然見かけた香淳皇后が女官に拾わせて来た(15日15時半頃)。報告を受けた昭和天皇は侍従・卜部亮吾に「直ちに返信せよ」と指示。学校に卜部侍従直筆の返事があったという。
電子メールソフトの「ボトルメール」[編集]
電子メールソフトの「ボトルメール」は、送信した電子メールがいつ誰に届くかわからず、受信するメールも、いつ誰が送信したものかわからないという、通常の電子メールクライアントとは大きく異なった特徴を持つ。前述した“手紙の入った瓶を海に流して見知らぬ誰かとコミュニケーションを取る”という現実世界での行為がメタファとして取り入れられており、ボトルメールという名称はそこに由来する。なお「ボトルメール」および「bottle mail」は指定の商品や役務においての登録商標となっている。
1997年のリリース当初はWindows版のみで、後にMacintosh版が追加された。試験的にiモード版がリリースされたこともある。
2002年3月には(株)リクルートの事業集約に伴い同サービスは一旦終了するものの[5]、その後「ボトルメール」の商標やシステムその他のリソースは、開発者の永井義人が設立した有限会社情報建築に譲渡され、およそ半年後の2002年9月に第2期のサービスをスタートさせた[6]。しかしながら、利用者数の低迷や、ブログやRSS、AjaxなどWeb 2.0的なサービスが増える中でのシステム的な古さ等もあり、アプリケーションとしてのボトルメールは、2007年6月30日をもって2期目のサービスを終了し、通算10年の歴史に幕を下ろした。
現在は、ブログパーツとしてのボトルメールが、最初は株式会社サイバーエージェントから、のちに、有限会社ソニックムーブのサービスであるPETAPPAで運営されている[7]。
その他[編集]
任天堂のニンテンドーDS用ゲームソフト『おいでよ どうぶつの森』ではボトルを流した者同士ですれちがい通信を行うことにより、ボトルが交換される形で互いの森の海岸に流れ着くというボトルメール的な機能があるが、作品中では本来の英語表現に近い「メッセージボトル」という呼称が機能名として使用されている。
ソニー・コンピュータエンタテインメントのPSP用ゲームソフト『福福の島』では、同様の機能に対して「ボトルメール」の呼称をそのまま使用している。
twitterを利用したBottleTwitというサービスもある。このサービスはtwitter上のユーザの誰かにボトルを入れたメールを流せるWEBサービスである。
また、日本銀行券の紙幣追跡サイト「MESSAGE IN A BILL」では、このボトルメールの発想をとりいれ、追跡手段となる記番号の登録と同時にメッセージを登録することができるサービスが展開されている。
脚注[編集]
- ^ Robert Kraske, "The Twelve Million Dollar Note: Strange but True Tales of Messages Found in Seagoing Bottles" (1977), pp.30-32. ISBN 0-8407-6575-4.
- ^ [The National Trust for Scotland. 2010-09-27]
- ^ BBC News. 1999-05-18 [1]
- ^ 瓶入り手紙、最古記録とその歴史 ナショナルジオグラフィック ニュース
- ^ “ネットの海にメールを流す「ボトルメール」がサービス終了”. INTERNET Watch (2002年1月22日). 2012年9月3日閲覧。
- ^ “新生「ボトルメール」が正式スタート”. INTERNET Watch (2002年9月17日). 2012年9月3日閲覧。
- ^ “「ボトルメール」のブログパーツ、サイバーエージェントがBLOPPA!で提供”. INTERNET Watch (2006年9月4日). 2012年9月3日閲覧。
関連項目[編集]
- パイオニア探査機の金属板、ボイジャーのゴールデンレコード - 宇宙空間を漂うボトルメール
外部リンク[編集]
- Bottle Mail(情報建築)
- 黒潮物語 元気な子の会
- PETAPPA - ブログパーツ版ボトルメールの提供元。
- BottleTwit - twitter上でボトルメールのような事が行えるサービス