ボストン・ポップス・オーケストラ

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ボストン・ポップス・オーケストラは、アメリカ合衆国の名門オーケストラのひとつ。ボストン交響楽団が夏のオフシーズンの間、音楽普及を目的としたポピュラーコンサートや音楽会で演奏するために編成を変えたものだが、基本的なメンバーはボストン交響楽団と同じである。基本編成は96名と大規模だが、その時々に応じて人気のある曲や往年のスタンダードナンバーを演奏し、ポップス・オーケストラとして確固たる地位を築いている。 なお、ボストン・ポップス・オーケストラとは別に、フリーミュージシャンをメンバーの主としたボストン・ポップス・エスプラネード・オーケストラが存在し、日本などへの海外ツアーはこちらのほうが受け持っている。過去に数回来日しているが、そのうちボストン・ポップス・オーケストラの来日は2回である。(指揮者はジョン・ウィリアムズ)

ボストン・ポップス・オーケストラの歴史は古く、設立は1885年に遡る。2006年現在で約120年の歴史を持つことになるが、特に重要なのは1930年~1979年、アーサー・フィードラーが常任指揮者を務めた時代である。この50年の間、フィードラーの下でボストン・ポップス・オーケストラは精力的な活動を行い、瞬く間に知名度を上げていった。50年代後半から70年代まで、フィードラー時代の録音は多くが今でも入手可能である。またフィードラーはアメリカの代表的作曲家ルロイ・アンダーソンを見出したことでも有名だが、その縁もあってアンダーソンの初期の作品は多くがボストン・ポップス・オーケストラによって初演された。アンダーソン自身が指揮棒を振ったこともあり、今日でもアンダーソン作品の演奏でボストン・ポップス・オーケストラの右に出るオーケストラはない。

フィードラーの後、1980年~1993年までは映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズが常任指揮者を務めた。これはかなり大胆な行動だが、ウィリアムズの時代のボストン・ポップス・オーケストラはフィードラー時代に得意としていた軽音楽やオリジナルの現代作品に加え、ジャズムード音楽も取り入れるなどレパートリーの幅を広げ、見事その期待に応えた。特にジョン・ウィリアムズの自作、および彼を含む一流の編曲者が手がけた映画ミュージカルなどの編曲作品を収めたCDは高い人気を誇る。

ジョン・ウィリアムズが退いてからは2年ほど常任指揮者不在の期間があったが、1995年以後はキース・ロックハートが常任指揮者を務めている。以前はRCA-VictorからCDをリリースしていたのだが、近年はオリジナルレーベルを立ち上げたためか国内では新作の流通が少なく、華々しい活躍を続けている割には日本での知名度が上がらない。今日入手できるCDの多くは、アーサー・フィードラーおよびジョン・ウィリアムズが指揮を務めたもの、または50年代から90年代前半にかけての客演指揮者を招いての録音である。

かつて、TBS系列の「さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル」という番組の中で、自衛隊音楽隊の隊員の一人が「ボストン・ポップスの一員になりたい」という夢で、ボストンシンフォニーホールで、オーケストラの一員としてトランペットを担当した。曲はルロイ・アンダーソンの「そりすべり」で、演奏前に指揮者のキース・ロックハートより紹介を受け演奏、曲の最後の馬の嘶きを見事こなし、喝采を浴びた。
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