ホレス・パーラン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ホレス・パーラン
基本情報
出生 1931年1月19日(83歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ
ジャンル ハードバップポストバップ
担当楽器 ピアノ

ホレス・パーランHorace Parlan, 1931年1月19日 ピッツバーグ – )はアメリカ合衆国ジャズピアニストハードバップポストバップの分野で活躍した。チャールズ・ミンガスの古典的なアルバム(『ミンガス・アー・ウム』や『ブルース・アンド・ルーツ』)への参加で知られる。

略歴[編集]

少年時代にポリオを患い、そのために部分的に右手が変形した。障碍の代償として独自の演奏技巧を発展させ、左手のとりわけ「刺戟的な」コード進行を、一方の、右手の著しくリズミカルなフレーズと対置している[1] 。本人は受けた影響として、しばしばアーマッド・ジャマルバド・パウエルの名を挙げているが、ブルースリズム・アンド・ブルースとの関わりも明らかである。パーランの演奏様式や作風は、ビバップ・ジャズの和声的に洗練されたバップの音楽語法を、アフリカ系アメリカ人のルーツである音楽と組み合わせたものだった。

半世紀にわたる活動は、リズム・アンド・ブルースのグループとの共演に始まる。1952年から1957年まで、ソニー・スティットとともにワシントンDCで活動し、ニューヨークに進出してから最初の2年間(1957年から1959年まで)はチャールズ・ミンガスのワークショップに加わった[1]。この協力関係によって活動の基礎が築かれ、パーランがピアニストとして参加した古典的な2枚のアルバム(『ミンガス・アー・ウム』と『リズム・アンド・ルーツ』)は、幅広い大衆に知れ渡るところとなった。1960年1961年にはとりわけブッカー・アーヴィンと、次いで1962年にはエディ・ロックジョー・デイヴィスとジョニー・グリフィンのクィンテットと共演している。1963年から1966年までローランド・カークとも共演した。さらに1960年代は、ブルーノート・レコードで録音を行い、『スピーキン・マイ・ピース』や『オン・ザ・スパー・オブ・ザ・モーメント』などの一連の録音に取り組んだ。これらの収録には、タレンタイン兄弟ジョージ・タッカーアル・ヘアウッドが参加している。

1973年にはアメリカ合衆国を去ってデンマークに渡り、それからはコペンハーゲンに定住している。1974年にはハル・シンガーとツアーを行なった[1]。スティープルチェイス・レーベルでの一連の録音によって世界的に有名になり、特にテナー・サクソフォン奏者のアーチー・シェップと共演したシリーズが名高い。後期の作品は、アルバム『ゴーイン・ホーム』の収録曲などに見られるように、ゴスペルを連想させる堅固な楽曲構成が特徴となっている。デクスター・ゴードンレッド・ミッチェルと幅広い録音を行ない、1980年代になるとフランク・フォスターミハウ・ウルバニャクとも録音を行なった。

註釈[編集]

  1. ^ a b c Feather, Leonard & Gitler, Ira The Biographical Encyclopedia of Jazz Oxford University Press US, 2007 ISBN 019532000X, 9780195320008 at Google Books

外部リンク[編集]