ホルヘ・カストロ
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2007年10月11日、クリスティーナ・キルチネルと
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ホルヘ・フェルナンド・カストロ |
| 通称 | Locomotora、El Roña |
| 階級 | スーパーウェルター級〜クルーザー級 |
| 身長 | 172cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1967年8月18日(45歳) |
| 出身地 | アルゼンチン サンタクルス州、カレタ・オリビア |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 144 |
| 勝ち | 130 |
| KO勝ち | 90 |
| 敗け | 11 |
| 引き分け | 3 |
ホルヘ・カストロ(Jorge Castro、男性、1967年8月18日 - )は、アルゼンチンのプロボクサー。元WBA世界ミドル級チャンピオン。20 - 50戦でキャリアを終えるのが一般的となっている現代で、144戦130勝という驚異的なレコードを保持。身長172cmとミドル級でも小柄ながら、3階級上のクルーザー級で2度世界挑戦をした。世界王座在位は短かったものの、数多くの激闘を展開し、大変人気の高かった選手である。
目次 |
来歴 [編集]
- 1987年2月14日にプロデビューし、ハイペースで試合を行う。
- 1991年12月13日、72戦目でテリー・ノリスの持つWBC世界スーパーウェルター級王座に挑戦するも12R判定負け。
- 1992年6月30日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアと対戦し10R判定負け。ジョーンズはこの試合でデビューからの連続KO記録がストップ。
- 1994年8月14日、レジー・ジョンソンを12R判定で下しWBA世界ミドル級王座を獲得し、その後4度の防衛に成功。中でも、2度目の防衛戦では挑戦者の元王者ジョン・デビット・ジャクソンに一方的に攻め立てられ、ストップ寸前にまで追い込まれたが、1発のカウンターから大逆転のKO勝ちを収めた。
- 1995年12月19日、後楽園ホールで竹原慎二と対戦。3Rに左ボディブローでプロ・アマ通じて初のダウンを奪われる(と伝えられているが、実際はプロで2度目)。この時カストロはマウスピースを吐き出して、時間稼ぎをした。試合は12R判定負けで王座陥落となった。
- 1997年2月15日、ロベルト・デュランと対戦し12R判定勝ち。リターンマッチでは12R判定負け。
- 2000年12月16日、ファン・カルロス・ゴメスの持つWBC世界クルーザー級王座に挑戦するも10RKO負け。初のKO負けとなった。
- 2001年10月20日、イマム・メイフィールドとのIBF世界クルーザー級挑戦者決定戦で9RTKOで勝利。
- 2002年2月1日、ワシリー・ジロフの持つIBF世界クルーザー級王座に挑戦するも12R判定負け。
- 2007年、現役引退。
獲得タイトル [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 空位 前タイトル保持者 レジー・ジョンソン |
第19代WBA世界ミドル級王者 1994年6月24日 - 1995年12月19日 |
次王者 竹原慎二 |