ホテル・ルワンダ
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| ホテル・ルワンダ | |
|---|---|
| 監督 | テリー・ジョージ |
| 製作 | A・キットマン・ホー テリー・ジョージ |
| 脚本 | テリー・ジョージ ケア・ピアソン |
| 出演者 | ドン・チードル ソフィー・オコネドー ニック・ノルティ ホアキン・フェニックス ジャン・レノ ファナ・モコエナ |
| 音楽 | ルパート・グレグソン・ウィリアムズ アンドレア・グエラ |
| 撮影 | ロベール・フレース |
| 配給 | メディア・スーツ インターフィルム |
| 公開 | 2004年12月22日 2006年1月14日 |
| 上映時間 | 122分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 制作費 | $17,500,000 |
| allcinema | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『ホテル・ルワンダ』(Hotel Rwanda)は2004年に制作された映画。テリー・ジョージ(Terry George)監督、イギリス・イタリア・南アフリカ共和国合作。撮影はほとんど南アフリカにて行われた。1994年アフリカ中部にあるルワンダで、ツチ族とフツ族の民族対立による武力衝突「ルワンダ紛争」が勃発した。フツ族過激派がツチ族やフツ族の穏健派を120万人以上虐殺するという状況の中、1200名以上を自分が働いていたホテルに匿ったホテルマン、ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)の実話を基にした物語である。
目次 |
[編集] 概要
この映画は一人の男の英雄的な行動をたどるとともに、ルワンダの旧宗主国ベルギーによる人種分別政策や、虐殺に対する国際社会の無関心を強く批判する作りになっている。特に国連やアメリカ合衆国(そのころはソマリア内戦介入のトラブルで苦境にさらされていた)が有効な介入をしなかったことが追及されている。フツ族の過激派はツチ族反乱軍によって排除されるまでのおよそ百日間に約八十万人の人々を殺害した。映画の最後に映し出される文章によってフツ族の将軍など虐殺の指導者たちが裁かれたことが示される。
[編集] ストーリー
フツ族の過激派が巻き起こした混乱状態の中で、ポールはまず自分の家族を救うことだけを考えた。しかし虐殺が始まったことを知り、その重大さに気がついた彼はホテルにツチ族やフツ族の難民をともに受け入れることを決断する。無力ながらも踏みとどまり続ける国連軍や有名ホテルとしてのステータスを盾に人々を過激派からかばい続ける一方で、ホテルの支配人として培った人間関係を利用して彼は1268人の難民の命を救うことに成功する。ルセサバギナ一家とホテルの難民たちがルワンダ愛国戦線の前線を越えて難民キャンプにたどり着き、そこからタンザニアへと出発するところで映画は終わる。
[編集] キャスト
- ドン・チードル:ポール・ルセサバギナ
- ソフィー・オコネドー:タチアナ・ルセサバギナ
- ニック・ノルティ:オリバー大佐
- ホアキン・フェニックス:ジャック・ダグリッシュ
- ジャン・レノ:テレンス社長
- ファナ・モコエナ:ビジムング将軍
[編集] 日本公開までの経緯
アカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされるなど、海外での評価は高かったが、日本においては当初、どの配給会社も劇場も関心を示してはいたものの、条件面のおりあいがつかず、日本未公開になるとおもわれていた。その理由としては、映画が暗い内容であったことと、配給権の値段が当初から高めであったのにくわえて、ドン・チードルがアカデミー賞にノミネートされたことでさらに高騰したことなどがあった。しかし、町山智浩ら一部の映画評論家やファンの呼びかけにより署名運動が始まり、その運動が実り、メディアスーツ配給で2006年1月14日から東京・渋谷のシアターNを初めとして関東各地の映画館でも公開された。東京以外の都市でもその後順次公開された。
[編集] その他・備考
- この映画に原作はないが、ポール・ルセサバギナの自伝『An Ordinary Man』(Tom Zoellnerとの共著、ISBN 0670037524)が2006年4月に出版された。
- オリバー大佐のモデルは、ロメオ・ダレールという人物。
- 舞台となった「ミル・コリン」は、現在では営業が再開している。
[編集] 関連項目
[編集] 関連サイト
- 『ホテル・ルワンダ』のロビー『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会(現:応援する会)

