ホテル・カリフォルニア
| ホテル・カリフォルニア | ||||
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| イーグルス の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | 1976年3月 - 10月 クライテリア・スタジオ レコード・プラント・スタジオ |
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| ジャンル | ロック | |||
| 時間 | 43分28秒 | |||
| レーベル | アサイラム・レコード | |||
| プロデュース | ビル・シムジク | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
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| チャート最高順位 | ||||
| イーグルス 年表 | ||||
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『ホテル・カリフォルニア』(Hotel California) は、ロックバンド、イーグルスの5作目のアルバム。 同年度グラミー賞最優秀レコード賞受彰。 イーグルスの代表作のひとつであり、ウエストコーストミュージックに留まらず、アメリカン・ロック史に残る名盤とされている。
制作時のバンドメンバーは以下の5人。
- グレン・フライ(Guitars, Keyboards, Vocals)
- ドン・ヘンリー(Drums, Vocals)
- ランディ・マイズナー(Bass, Vocals)
- ドン・フェルダー(Guitars, Vocals)
- ジョー・ウォルシュ(Guitars, Keyboards, Vocals)
目次 |
[編集] 概要
当時のイーグルスは、1974年発表の『オン・ザ・ボーダー』からのシングル・カット曲「わが愛の至上 The Best Of My Love」が初めて全米チャート第1位となった後、続く1975年発表の『呪われた夜』、1976年発表の『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』と、相次いで大ヒットを記録してアメリカを代表するロック・グループとなっており、次期作品に対しても優れた作品を求める期待を集めていた。このため、相当なプレッシャーから思うような曲作りが進まず、盟友であるJ.D.サウザーを呼び寄せてこの苦境を乗り越え、本アルバムの完成に至った。
サウンド面においては、それまでのカントリー色は希薄となり、ロック・テイストが強いものとなっている。歌詞については非常に奥深いものが多く、表題曲「ホテル・カリフォルニア」や、ダリル・ホールを主人公イメージのモデルとしたとされる「ニュー・キッド・イン・タウン」や「駆け足の人生」「ラスト・リゾート」など、ウェストコースト・ロック界の凋落、ひいては商業主義化したロック界への皮肉、あるいは現代社会・都市社会の歪みへのアンチテーゼなどを言外に含み、意味深長な内容の楽曲が配置されている。
ビルボード誌のアルバム・チャートにおいて8週連続全米第1位、全英においても第2位を獲得し、1976年グラミー賞最優秀レコード賞を受彰、現在までに米国内で1,600万枚以上、全世界で2,000万枚以上を売り上げている。シングル・カットされた「ホテル・カリフォルニア」及び「ニュー・キッド・イン・タウン」も、全米ビルボードチャートで第1位を獲得している。
[編集] 収録曲
- ホテル・カリフォルニア - Hotel California
- ニュー・キッド・イン・タウン- New Kid In Town
- 駆け足の人生- Life In The Fast Lane
- 時は流れて - Wasted Time
- 時は流れて(リプライズ) - Wasted Time (Reprise)
- 暗黙の日々 - Victim Of Love
- お前を夢みて - Pretty Maids All In A Row
- 素晴らしい愛をもう一度 - Try And Love Again
- ラスト・リゾート - The Last Resort
[編集] 代表曲
[編集] ホテル・カリフォルニア Hotel California
本アルバムのタイトル曲で、架空のホテル「ホテル・カリフォルニア」を舞台とした楽曲。1976年作品。作詞・作曲は、ドン・フェルダー、ドン・ヘンリー、グレン・フライ。なお、イントロの印象的なギター、メロディー、後半のツインギターソロも含め、作曲したのはドン・フェルダーであり、ドン・ヘンリーは作詞を手掛けた。グレン・フライのこの曲への作詞・作曲での貢献はほとんどないが、作詞のアイデアを出したとされる。(アルバム「ヘル・フリーゼズ・オーヴァー」では、クレジットが、ヘンリー、フライ、フェルダーの順になっているが、これは正しくない)。1970年代のアメリカン・ロックを代表する楽曲のひとつ。
北米市場においては、「ニュー・キッド・イン・タウン」に次いでシングル・カットされ、ビルボード誌全米チャート第1位となった。
その印象的な旋律、暗喩に富んだ歌詞から広く愛聴され、現在では全世界的にロック・スタンダードとして定着しており、数々のロック奏者にとどまらず、ポップス奏者やラップ奏者、果てはジプシー・キングスなどのラテン奏者、ボブ・マーレイなどのレゲエ奏者に至るまで、ジャンルを超えて幅広く好んでカバーされている。
- テーマメロはBm、F#7、A、E、G、Dの5度上がりのコード進行で、サビではG、D、F#7、Bm、G、D、Em、F#7となっている。基本的なコード進行を考えたのはドン・フェルダーで、元々は一音低いAmで作曲していたが、ドン・ヘンリーのキーに合わせてBmとなった。
- イントロや曲内の一部に用いられる13本ものギターを重ねた巧みなアルペジオ・ワーク、ドン・ヘンリーのハスキーボイス、ドン・フェルダーならびにジョー・ウォルシュによるギターリフの巧みさなどとあいまって、極めて印象的なサウンドを展開する。ギターソロは、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュの順で演奏され、フェルダーはギブソン・レスポール、ウォルシュはフェンダー・テレキャスターを使用した。ロック史上屈指のギターソロのほとんどのラインはフェルダーが作ったと言われ、彼のこの曲での貢献度は大きいものがある。
- 歌詞のあらましは、主人公がコリタス(サボテンの一種だが、マリファナの隠語)の香りたつウェストコーストの砂漠のハイウェイでの長時間の運転に疲れて、休むために立ち寄った小綺麗なホテルに幾日か滞在し快適な日々を送ったが、堕落して快楽主義的なすごし方を続ける滞在客たちに嫌気して、以前の自分の日常生活に戻るためホテルを去ろうとしたものの、離れようにも離れられなくなった…という、一見伝奇譚的なミニストーリーであるが、歌詞の随所には言外に意味を滲ませる深みのあるものとなっているため、歌詞解釈について様々な憶測を呼び、評判となった。
- 作詞者の3人が属するウエストコースト・ロックひいてはロック産業の退廃を揶揄しているという解釈から、西海岸地域全体の、あるいは建国200年を迎えた米国社会の、あるいは全汎的に現代文明ないし都市社会のひずみに対する憂いを表現しているという解釈まで、聴き手に様々な印象を与える歌詞となっている。
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- 特に、主人公がホテルの支配人の男に対して注文した「自分の(好みの銘柄の)ワイン」がなく、
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- We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine…
- (そのような酒はこちらにはご用意しておりません、1969年以来…)
- と返答された、という一節があまりにも有名であり、spirit (スピリット)という言葉を「酒」と「魂(精神)」との掛けことばに用いて、当時のロック界を揶揄したものであると解釈されることが多い。
- これは、いわゆる ウッドストック・フェスティバルなどの大規模なコンサートが1969年以来行われるようになり、これ以降のロック界は いわゆる産業ロックと言われる商業至上主義に転向してゆき、各アーティストが求める表現の発露としての演奏ではなく、いかに好まれ大衆が購買し大量集客できるかを第一義においた曲の演奏を強制させられる時代となり、アーティストのスピリット(魂)など失われてしまった、と暗喩していると解釈するものである。そして同年12月、ロック界にとって外すことの出来ない事件「オルタモントの悲劇」が起こる。
- 主人公のホテル滞在中に繰り返し聞こえ幻聴とも思われる
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- Welcome to the Hotel California…
- (ようこそホテル・カリフォルニアへ…)
- の言葉の本質は何を意味するのか? また、従業員または滞在客が言った
- We are all just prisoners here, of our own device…
- (しょせんみんなここの囚人だ、自分の意思で囚われた…)
- の意味は?(リンダ・ロンシュタットのバックバンドとして共にカリフォルニアでデビューした経緯と商業主義とセックス・ドラッグ&ロックに堕ちてゆく自分達の事か?)さらに、大広間の祝宴に集まった滞在客らが鉄製のナイフで刺し付けるものの決して殺すことのできない「その獣(けもの)」(the beast )とは何のことを指すのか?(これは、歌詞のsteely knives(複数の鉄製ナイフ)がスティーリー・ダンを、the beastが音楽業界を指し、スティーリー・ダンをもってしても商業主義の音楽業界に立ち向かえなかったと揶揄している節がある。アルバム「ホテル・カリフォルニア」が発売される以前、スティーリー・ダンは自グループの曲中に(イーグルスの)うるさい曲をかけろと揶揄したことがあり、その当てつけに書き込んだとも)
- I had to find the passage back to the place I was before…
- (前いた場所に戻る道筋を探さなければならなかった…)
- の意味するところは?
- など、聴き手の耳に残る比喩的な表現が極めて多い。
- 歌詞の最後は、こんな環境に居続けると自分がダメになると気づいた主人公が、出口を求めてホテル館内を走り回っていた際に警備員にたしなめられ、
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- We are programmed to receive. You can checkout any time you like, but you can never leave!
- (受け入れるのが運命(さだめ)なんだよ、好きなときにチェックアウトはできるが、決して立ち去ることは出来ないんだ!)
- という印象的な言い切りの言葉で終わり、直後に続くフェルダーとウォルシュによるツイン・ギター・リフと そのフェイドアウト効果により、聴き手に深い余韻を与える構成となっている。
- また、 checkout (チェックアウト)は、北米口語でしばしば「自殺する」の婉曲表現に用いられるため、この一節は「死ぬまで逃げられない」と掛け言葉になっていると解釈することもできる。
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[編集] その他
- ジャケット・デザイン
- 本アルバムのジャケットの建造物は実在のホテルであるが、「ホテル・カリフォルニア」という屋号のものではなく、カリフォルニア州ロサンゼルス市サンセット通り所在の高級ホテル「ビバリー・ヒルズ・ホテル(愛称:ピンク・パレス)」である。当アルバム・ジャケットに用いられて以降、観光スポットともなった。また、ジャケット内面の写真には、夢と現実の落差を象徴する寂れた雰囲気を表現するため、「ビバリーヒルズ・ホテル」よりも数段格落ちの「リド・ホテル」の内装を撮影して用いた。現在はリド・ホテルは廃業し、賃貸アパートとなっている。
- ホテルカリフォルニア問題 The Hotel California Factor
- 1990年代から、米アップル社が、洗練された外観デザインを持つOSなどのソフトや、PCMacシリーズないし周辺機器iPodなどのハードを相次いで発売したのを受け、従来使用してきたマイクロソフト社のウィンドウズOSからMacOSに乗り換えるユーザーが増加した。
- ところが、ウィンドウズOSからマックOS環境へ手持ちのデータを比較的簡単に移行できるように設計されていたものの、ひとたびマックユーザーとなった者が再度ウィンドウズ環境に再移行したくなっても、データ全体をウィンドウズ環境に戻すことは非常に煩雑で困難を極めることが知られるようになった。もちろん、個別のデータはその度に手作業で設定すれば、ウィンドウズ環境で使用できるのだが、包括的にレジストリやOSのシステムファイルへの関連付けを行うことは出来ず、何万何十万のファイルについて手作業で行う必要が生じる。
- このため、この現象を表現するにあたって、「一度入ったら、好きな時にチェックアウトは出来ても、根本的に逃れることは決して出来ない」という、ホテル・カリフォルニアの歌詞に準えて「ホテルカリフォルニア問題 The Hotel California Factor」という自嘲気味な表現法がマックユーザーの間で用いられた。
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