ホット・ホット・ヒート

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ホット・ホット・ヒート
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基本情報
出身地 カナダの旗 カナダ
ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア
ジャンル インディーズ
ダンス・パンク
ニュー・ウェイヴ[1]
ポストパンク・リバイバル
活動期間 1999年~現在
レーベル サイアー・レコード
ワーナーミュージック
公式サイト HotHotHeat.com(英語)
メンバー
スティーヴ・ベイズ(Steve Bays)
ポール・ハウリー(Paul Hawley)
パーカー・ボスレー(Parker Bossley)
ルーク・パキン(Luke Paquin)
旧メンバー
ダスティン・ホーソーン(Dustin Hawthorne)
マシュー・マーニック(Matthew Marnik)
ダンテ・デカーロ(en:Dante DeCaro

ホット・ホット・ヒート(Hot Hot Heat)は1999年にカナダブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアで結成されたロックバンド。英語では「HHH」と略すことがある。現在メンバーはスティーヴ・ベイズ(Steve Bays)(ボーカル担当)、ポール・ハウリー(Paul Hawley)(ドラム担当)、パーカー・ボスレー(Parker Bossley)(ベース担当)、ルーク・パキン(Luke Paquin)(ギター担当)の4名。メロディアスでありながらキャッチーなサウンドはダンス・パンク、ポップ・ロック[2]ポスト・パンク[3]と称される。

バイオグラフィー[編集]

結成(1999年~ )[編集]

1995年以来いくつかのバンドで一緒だったホーソーンとベイズが1998年にハウリーと出会う。1999年にハウリーがキーボードを買ったのをきっかけに、唯一キーボードを演奏できるベイズがキーボードを担当し、ハウリーはベイズの代わりにドラムを担当、ホーソーンがベースを担当することになった。バンドメンバーの友人のマシュー・マーニックがボーカルとして加わる。この頃のバンドの音はシンセ・パンクと呼ぶことができる。

後にポップ・ミュージックに影響を受けたHHHはメロディー重視の音に転換した。ボーカルのマーニックが脱退し、ギターとしてデカーロが加入する。XTCザ・クラッシュ(The Clash)、エルヴィス・コステロ(Elvis Costello)やThe Attractionsなどの1980年代ニュー・ウェイヴに強く影響されたバンドはベイズをボーカルに置き、7つのシングルを発表し、カナダとアメリカの北西太平洋地域をLes Savy Fav、The French Kicks、Radio 4、Ima Robot、Pretty Girls Make Gravesらとツアーした。カナダ人バンドSloanのカナダ・ツアーのオープニングも務めた。

デビュー(2001年~ )[編集]

このツアーにより、シアトル拠点のインディペンデントレコード・レーベルサブ・ポップから注目され、2001年にレコード契約を果たした。翌2002年、バンド「デス・キャブ・フォー・キューティー(Death Cab for Cutie)」のクリス・ワラ(Chris Walla)プロデュースによるEP『ノック・ノック・ノック(Knock Knock Knock)』を発表。この頃には、後にダンス・パンクと知られるようになるサウンドに変貌を遂げていた。翌年にはインディーズで爆発したサウンドの先駆者と評されている。[4]

EP発表後間もなくして初のフル・アルバム『Make Up the Breakdown』をリリース。ニルヴァーナサウンドガーデンを出がけたジャック・エディノ(Jack Edino)によりプロデュースされた。 このアルバムはすぐに評論家に高く評価され、シングル『Bandages』と『Talk to Me, Dance With Me』がMTVやラジオで流されるようになり、ロスアンゼルスの人気ラジオ局KROQで両シングルは1位を獲得。 他方、イギリスではシングル『Bandages』がチャートで25位までしか届かなかった。これは、この曲がイラク戦争への配慮からBBCラジオのヘビー・プレイ・リストから外されたためと考えられている。同曲の広報によると「Bandages(包帯)という歌詞が繰り返し使用されている」[5]ことによるという。

2003年にはサブ・ポップ契約前にレコーディングした楽曲を集めた2001年のアルバム『Scenes One Through Thirteen』をOHEVレコーズのレーベルで再リリース。これは結成当初からデビューまでのバンドの移行期の音を集めたものであり、『Knock Knock Knock』と『Make Up the Breakdown』とかなり違うサウンドであった。

『Make Up the Breakdown』は一般投票により、2004年のカナダ・インディペンデント音楽賞で「最も好きなアルバム賞」を受賞。2004年10月にはギター担当のデカーロが次のアルバムのレコーディングをもって脱退を表明し、2005年にモントリオールのバンド「ウルフ・パレード(Wolf Parade)」に加入した。

メジャー・デビュー(2005年~ )[編集]

2005年4月にバンドのメジャー・デビュー・アルバム『Elevator(エレベーター)』をワーナーミュージックから発表した。2005年のツアー開始とともにギターはデカーロからパキンに交代した。

2007年5月17日には、アメリカのシンセ・ロック・バンド、ザ・キラーズ(The Killers)のオープニングを務めたが、肝心のキラーズはボーカルのブランドン・フラワーズが気管支炎のため、3曲で演奏の中止を余儀なくされた。

2007年9月11日にメジャーとしてのセカンド・アルバム『Happiness Ltd.』をリリースしたが、事前にシングル『Give Up?』はMySpace上で3月下旬にサンプル表示、5月15日にiTunesでリリースされ、シングル『Let Me In』も7月16日にリリースされた。

2007年の夏はスノウ・パトロール(Snow Patrol)のオープニングとして彼らのサマー・ツアーに参加した(アメリカ分のみ)。また、9月からはドイツ、カナダとアメリカで自らのツアーをした。

2008年は新しいアルバム作りに取り組んでいる。2009年に新アルバムをリリースし、ツアーを再開する予定。

その他[編集]

HHHの曲はカナダのみならず、アメリカやイギリスでも広く映画やゲームのサントラ、スポーツ番組、オリンピックのBGMやテレビ番組等多くのメディアで使われている。また、アメリカの人気深夜トーク番組や子供向け番組(Yo Gabba Gabba)に出演した経験がある。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • Scenes One Through Thirteen (2002年)
  • Make Up the Breakdown (2002年):アメリカ146位、イギリス35位
  • Elevator (album)|Elevator (2005年):アメリカ34位、イギリス34位
  • Happiness Ltd. (2007年):アメリカ86位
  • Future Breeds (2010年)

EP[編集]

  • Hot Hot Heat (1999年)、 7インチ4曲
  • Hot Hot Heat (2001年)、 7インチ3曲
  • Knock Knock Knock (2002年)

シングル[編集]

タイトル 順位 アルバム
Modern Rock Tracks chart UK Singles Chart[6]
2003 Bandages 19 25 Make Up the Breakdown
No, Not Now 38
Talk to Me, Dance with Me 33
2005 Island of the Honest Man Elevator
Goodnight Goodnight 27 36
Middle of Nowhere 23 47
Christmas Day In the Sun
2007 Give Up? Happiness Ltd.
Let Me In
Harmonicas & Tambourines

来日記録[編集]

  • サマーソニックゼロ・スリー(03):2003年8月2日(東京)/8月3日(大阪)
  • 1日限りの来日公演:2005年9月9日@原宿ASTROHALL[7]

脚注[編集]

外部リンク[編集]