ホッジ構造

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

数学では、ウィリアム・バーランス・ダグラス・ホッジ英語版(William Vallance Douglas Hodge)の名前に因んで付けられたホッジ構造: Hodge structure)とは、線形代数のレベルでの代数構造をホッジ理論が滑らかでコンパクトなケーラー多様体コホモロジー群英語版を与えたことを一般化したものである。混合ホッジ構造: mixed Hodge structure)は、ホッジ構造のすべての複素多様体(たとえ特異点を持ったり、非完備多様体英語版であったとしても)への一般化で、1970年にピエール・デリーニュ(Pierre Deligne)により定義され、。ホッジ構造の変形: variations of Hodge structure)とは、多様体によってパラメトライズされたホッジ構造の族であり、最初にフィリップ・グリフィス(P. A. Griffiths)により1968年に研究された。これらのすべての概念は、さらに1989年に斎藤盛彦により複素多様体の上の混合ホッジ加群: mixed Hodge module)へと一般化された。

ホッジ構造[編集]

ホッジ構造の定義[編集]

ウェイト n の純粋ホッジ構造 (n ∈ Z)(pure Hodge structure with weight n) とは、アーベル群 HZ とその複素化 H の複素部分空間 H p,q の直和への分解のことをいう。ここに p + q = n であり、Hp,q の複素共役は Hq,p であるという性質を持っている。

H := H_{\mathbf{Z}}\otimes_{\mathbf Z} {\mathbf C} = \bigoplus\nolimits_{p+q=n}H^{p,q},
\overline{H^{p,q}}=H^{q,p}.

(これと)同値な定義は、H の直和分解をホッジフィルトレーション(Hodge filtration)に置き換えることにより得られる。ホッジフィルトレーションは、複素部分空間 FpH (p ∈ Z) によって得られる H の有限な降順のフィルトレーション英語版で、主要な条件は、

\forall p, q \ : \ p + q = n+1 \ \ F^p H\cap\overline{F^q H}=0

となることである。この関係は次の2つの条件で与えられる。

 H^{p,q}=F^p H\cap \overline{F^q H}
F^p H= \bigoplus\nolimits_{i\geq p} H^{i,n-i}

例えば、X がコンパクトなケーラー多様体とし、HZ = Hn(X,Z) を X の整数係数の n 番目のコホモロジー群英語版とすると、H = Hn(X, C) は、n 番目の複素係数のコホモロジー群となり、ホッジ理論を使い上記のような H の直和分解を得る。これらの結果をウェイト n の純粋ホッジ構造と定義する。他方、ホッジ・ド・ラームスペクトル系列(Hodge-de Rham spectral sequence)を考えると、FpH での降順のフィルトレーションも得るので、Hn を、第二のフィルトレーションとして考えることができる。 [1]

代数幾何学への応用としては、複素射影多様体の周期の分類を考えることができる。すべての HZ のウェイト n のホッジ構造の集合はあまりに大きすぎるが、リーマン双線型写像英語版を使い、それを最終的には小さくし扱いやすくすることができる。この場合の双線型写像をホッジ・リーマンの双線型写像という.ウェイト n の偏極ホッジ構造はホッジ構造 (HZ, H p,q) と HZ 上の非退化整数双線型形式 Q の2つからなる(偏極英語版)。偏極とは H の線型性での拡張であり、次の3つの条件を満たすものを言う。

\begin{align}
Q(\varphi,\psi) &= (-1)^n Q(\psi, \varphi); \\
Q(\varphi,\psi) &=0 && \text{ for }\varphi\in H^{p,q}, \psi\in H^{p',q'}, p\ne q'; \\
i^{p-q}Q \left(\varphi,\bar{\varphi} \right) &>0 && \text{ for }\varphi\in H^{p,q},\ \varphi\ne 0.
\end{align}

ホッジフィルトレーションでは、これらの条件は次を意味する。

\begin{align}
Q\left (F^p, F^{n-p+1} \right ) &=0, \\
Q \left (C\varphi,\bar{\varphi} \right ) &>0 && \text{ for }\varphi\ne 0,
\end{align}

ここに C は、H 上の ウェイユ作用素 で Hp,q 上の C=i p-q で与えられる。

もう一つのホッジ構造の定義は、複素ベクトル空間の上の Z-次数と周回群(circle group) U(1)英語版の作用との間の同値性から定義することができる。この定義では、複素数 C* の乗法群の作用は、2-次元の実代数的トーラスとみなすことができ、H の上に与えられる。[2] この作用は、実数 a が an として作用するという性質を持つ。部分空間 Hp,q は、z ∈ C*z^p\overline{z}^q による乗法として作用する部分空間となる。

A-ホッジ構造[編集]

モチーフの理論では、コホモロジーがさらに一般的な係数を持つことが可能となることが重要である。ホッジ構造の定義は実数の体 Rネター的英語版(Noetherian)部分環を固定することにより変形される。このためには A ⊗ZR は体である必要がある。すると、ウェイト n の純粋ホッジ A-構造が、上記(のホッジ構造)と同様に定義され、ZA に置き換えることができる。B の部分環 A に対するホッジ A-構造と B-構造とを関係付ける基底の変換と制限という自然な函手が存在する。

混合ホッジ構造[編集]

ヴェイユ予想を基礎として、1960年代にはジャン=ピエール・セール(Jean-Pierre Serre)は特異点をもつ(簡約(reducible)でもよい)完備ではない代数多様体であっても、'仮想ベッチ数'を持つはずであることに気づいた。詳しくは、任意の代数多様体 X に多項式 PX(t) を対応させることができ、次の性質を持つことが可能であることに気づいた。

  • X が非特異で射影(もしくは完備)であれば、
P_X(t)=\sum \text{rank}(H^n(X))t^n

となる。

  • YX の閉じた代数的部分集合で U=X\backslash Y であれば、
P_X(t)=P_Y(t)+P_U(t)

が成り立つ。この多項式を仮想ポアンカレ多項式と呼ぶ。

そのような多項式の存在は、一般的な(特異点を持った非完備な)代数多様体のコホモロジーのホッジ構造の類似が存在することから導出可能である。新しい特徴は、一般の多様体の n 次コホモロジーがあたかも異なるウェイトに対応する部分をもっているかのように見えることである。このことがアレクサンドル・グロタンディーク(Alexander Grothendieck)をモチーフ(Motive)(の存在)という予想を含む理論へと導き、ホッジ理論の拡張研究への動機を与えた。この理論はピエール・ルネ・ドリーニュ(Pierre Deligne)の仕事で頂点をなした。彼は混合ホッジの概念を導入し、それらを解決するテクニックを開発し、それらの構成を与えた(広中平祐特異点の解消英語版に基礎をおき、それらをl-進コホモロジーを関連付け、ヴェイユ予想の最後の部分を証明した)。

曲線の例[編集]

(混合ホッジ構造の)定義への動機付けとして、2つの非特異な成分 X1 と X2 から構成される簡約可能な複素代数曲線 X の場合を考える。これらの成分は、横断的に点 Q1 と Q2 で交わることとする。さらに、各々の成分はコンパクトではないが、点 P1,...,Pn を付け加えることでコンパクト化できるものとする。曲線 X の(コンパクトなサポートを持つ)第一コホモロジー群は、第一ホモロジー群の双対であり、可視化することが容易である。この群には3つのタイプの1-サイクルがある。第一には、各々の穴(puncture) Pi の周りの小さなループを表す元 αi (に対応する1-サイクル)が存在する。また第二に、別な元 βj が存在し、この成分のコンパクト化された第一コホモロジーから来る(1-サイクルが存在する)。Xk, k = 1, 2 の中の1-サイクルの X の中のあるサイクルへの持ち上げ(lift)は標準的ではなく、これらの元は αi を法(modulo)として決定される。結局、最初の2つのタイプを法(modulo)として、群は組み合わせ的な(第三の1-サイクル)γ によっても決定される。γ は Q1 から Q2 へある成分 X1 に沿っていき、他のコンポーネント X2 に沿って戻ってくる。これは H1(X) が、次の増加するフィルトレーションを持つことを示唆している。

 0\subset W_0\subset W_1 \subset W_2=H^1(X)

この連続する商 Wn / Wn-1 は、スムースで完備多様体のコホモロジーに起源を持つので、(純粋)ホッジ構造を持っていて、異なるウェイトで作用する。

混合ホッジ構造の定義[編集]

アーベル群 HZ の上の混合ホッジ構造は、複素ベクトル空間 H (HZ の複素化)上の有限の減少するフィルトレーション Fp であり、ホッジフィルトレーション(Hodge filtration)と呼ばれる。また有理ベクトル空間 HQ = HZ ⊗ZQ (有理数へのスカラーを拡張することで得られる)より有限な増加するフィルトレーション Wi も得られ、ウェイトフィルトレーション(Weight filtration)と呼ばれる。これは複素化された空間の上の F によって引き起こされるフィルトレーションとともあるウェイトフィルトレーション(増加するフィルトレーション)について HQ の n 番目の次数付き商が、すべての n についてウェイト n の純粋ホッジ構造であるということを要求することとなる。ここに

\operatorname{gr}_n^{W} H = W_n\otimes\mathbf{C}/W_{n-1}\otimes\mathbf{C}

として記号を定義し、この商の上に引き起こされるフィルトレーションは次の式によって定義される。

 F^p \operatorname{gr}_n^{W} H = (F^p\cap W_n\otimes\mathbf{C}+W_{n-1}\otimes\mathbf{C})/W_{n-1}\otimes\mathbf{C}

ふり返って考えると、コンパクトケーラー多様体のコホモロジー全体は、混合ホッジ構造を持っていることが分かる。ここではウェイトフィルトレーション Wn の n 番目の空間が、n に等しいかまたは小さな次数の(有理係数の)コホモロジー群の直和であるので、従って、コンパクトな複素数体の場合の古典的ホッジ理論は、複素コホモロジーの上で二重に次数を持った理論と考えることができる。二重次数付きコホモロジーは、ある方法で整合性を保つ増加するフィルトレーション Fp と、減少するフィルトレーション Wn の2つ(のフィルトレーション)を定義する。一般に、コホモロジー空間全体は2つのフィルトレーションを持っているが、もはや直和分解から出来上がったコホモロジーではない。純粋ホッジ構造の第三の定義との関係では、混合ホッジ構造は、群 C* の作用を使って記述することは不可能ということができる。デリーニュの重要な発見は、混合ホッジ構造の場合には、さらに複雑な非可換な準代数的な群が存在して、淡中の定式化英語版を使うことと同じ効果を発揮しうるということである。

ここで、混合ホッジ構造のモルフィズムを定義することができる。これはフィルトレーション F と W と整合性を持ち、次の定理を証明することができる。

混合ホッジ構造はアーベル圏を構成し、引き起こされたフィルトレーションを持ち、圏の核と余核はベクトル空間の普通の核と余核に一致する。

さらに、(混合)ホッジ構造の圏は、多様体の積に対応するテンソル積と整合性を持ち、内部 Hom双対対象 とも整合性をもち、この圏を淡中圏みなすことができる。 淡中・クラインの双対英語版により、この圏はある群の有限次元表現の圏に同値である。デリーニュとミルン(James S. Milne)は以上ことを明らかにした。 Deligne (1982) [3]

コホモロジーの混合ホッジ構造(デリーニュの定理)[編集]

デリーニュは任意の代数多様体の n 番目のコホモロジー群が、標準的な混合ホッジ構造を持つことを証明した。この構造は、函手的英語版(functorial)であり、多様体の積(キネットの定理英語版(Künneth theorem))やコホモロジーの積との整合性を持っている。完備で非特異な多様体 X に対しては、この構造はウェイト n の純粋(ホッジ構造)であり、ホッジフィルトレーションはド・ラーム複体のハイパーコホモロジー英語版(hypercohomology)を通して定義することができる。

証明の概要は、非コンパクトなことと、特異点を持つことに注目するという2つの部分から構成される。どちらの部分も(広中による)特異点解消を本質的なに使用する。特異点を持つ場合、多様体は単体的なスキームに置き換えられ、さらに複雑な代数へ至り、(コホモロジーに対し)複体上のホッジ構造のより技術的な考え方が使われる。

[編集]

  • ホッジ・テイト構造 Z(1) は 2πi ZCの部分群)で与えられた基礎となる Z-加群を持つホッジ構造である。このZ-加群は Z(1)⊗ C = H-1,-1 である。従って、これは定義よりウェイト −2 の純粋ホッジ構造であり、同型を同一視してウェイト -2 の一意に決まる1-次元純粋ホッジ構造である。さらに詳しくは、n番目のテンソルべきを Z(n) と書くと、1-次元のウェイト -2n の純粋ホッジ構造である。
  • 完備なケーラー多様体のコホモロジーはホッジ構造であり、n番目のコホモロジー群からなる部分群はウェイト n の純粋ホッジ構造である。
  • 複素多様体(特異点をもっていても、非完備でもよい)のコホモロジーは混合ホッジ構造を持つ。これはスムースな多様体に対しては Deligne (1971),Deligne (1971a) で示され、一般の場合は Deligne (1974) で示された。

応用[編集]

ホッジ構造や混合ホッジ構造を基礎とする機構は、アレクサンドル・グロタンディークにより予想されたモチーフという理論に対しては、大部分が未だに予想にとどまっている。非特異代数多様体 X の数論的な情報は、l-進コホモロジーに作用するフロベニウス元(Frobenius element)の固有値にエンコードされているが、複素代数多様体として考えた X から生ずるホッジ構造を共通にあるものを持っている。セルゲイ・ゲリファンド(Sergei Gelfand)とユーリ・マーニン(Yuri Manin)は1988年に彼らの著作 Methods of homological algebra の中で、他のコホモロジー群の上に作用しているガロア対称性とは異なり、形式的ではあるが「ホッジ対称性」の原点は非常に神秘的であると指摘している。ホッジ対称性はド・ラームコホモロジー上にの非完全な群 R_{\mathbf {C/R}}{\mathbf C}^* の作用を通して表現される。従って、この神秘性はミラー対称性の発見と定式化という深さを持っている。

ホッジ構造の変形[編集]

ホッジ構造の変形(Variation of Hodge structure) (Griffiths (1968),Griffiths (1968a),Griffiths (1970)) は、複素多様体 X によりパラメトライズされたホッジ構造の族を言う。詳しくは、複素多様体 X 上のウェイト n のホッジ構造の変形は、X の上の有限生成アーベル群の局所定数層 S と、次の2つの条件を満たす S ⊗ OX 上の減少するホッジフィルトレーションから構成される。

  • フィルトレーションは層 S の各々の茎(stalk)の上にウェイト n のホッジ構造を引き起こす。
  • (グリフィス横断性(Griffiths transversality)S ⊗ OX 上の自然な接続は、Fn を Fn-1 ⊗ Ω1X の中へ写像する。

ここに S ⊗ OX の上の自然な(平坦)接続は、S 上の平坦接続と OX 上の平坦接続 d により引き起こされる。OX は X 上の正則函数の層であり、Ω1X は X の上の1-形式の層である。この自然な平坦接続は、ガウス・マーニン接続英語版 ∇ であり、従ってピカール・フックス方程式英語版で記述することができる.

混合ホッジ構造の変形 は同じ方法で定義することができ、次数を付け加えるか、もしくはフィルトレーション W に S を加える。

ホッジ加群[編集]

ホッジ加群は複素多様体の上のホッジ構造の変形の一般化である。ホッジ加群は多様体の上のホッジ構造の層のようなものと非公式には考えることができる。詳細な定義 (Saito (1989)) は技術的で複雑である。特異点を持った多様体に対しては、混合ホッジ加群への一般化がいくつかある。

各々のスムースな複素多様体に対して、これに付随する混合ホッジ加群のアーベル圏がある。これらは形式的に多様体の上の層の圏のような振る舞いをする。例えば、多様体間の射 f は、層の射のように、混合ホッジ加群(の導来圏)の間の函手 f^*,\ f_*,\ f_!,\ f^! を引き起こす。

参照項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ スペクトル系列のことばでは(ホモロジー代数の項目を参照)ホッジフィルトレーションは次のように記述することができる.
    E^{p,q}_1=H^{p+q}(gr^W_nH)\Rightarrow H^{p+q}.混合ホッジ構造の定義の記号を使う)
    重要な事実は、これが項 E1 で退化するということで、これはホッジ・ド・ラームスペクトル系列が、ひいてはホッジ分解が、M の複素構造にのみ依存し、ケーラー計量の選択には依存しないことを意味する.
  2. ^ さらに詳しくは、S を C から R への乗法群ウェイユの制限英語版として定義される2-次元の可換な実代数群英語版、言い換えると、Aが R 上の代数であれば、G の A に値を持つ点の群 S(A) は A ⊗ C の乗法の群である。従って、S(R) はゼロを除く複素数の群 C* である。
  3. ^ この論文集の第二の「Tannakian categories」と題するDeligneとMilneの論文は淡中圏の話題に注力されている。

参考文献[編集]