ホケノ山古墳
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ホケノ山古墳(ほけのやまこふん)は、奈良県桜井市大字箸中字ホケノ山に所在する古墳時代前期初頭の纒向型といわれるホタテ貝型の前方後円墳である。
2006年1月26日、纒向古墳群の一つとして国の史跡に指定された。現在、復元整備され一般に公開されている。
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[編集] 概要
- 所在地:三輪山の西山麓、箸墓古墳の東側
- 被葬者:不明(大神神社は豊鍬入姫命の墓としている)
- 築造時期:副葬品や埋葬施設などから箸墓古墳に代表される定型化した出現期大型前方後円墳よりあまり遡らない時期[1]の前方後円形墳墓と考えられ、築造は中国史書に記された邪馬台国の時代にちょうど重なると推測されている。前方後円形をした弥生墳丘墓であるとする見方と古墳時代出現期のものであるとする見方が出されている[2]。
- 墳形:纒向型前方後円墳(葺石あり)、円墳に短い前方部を東南方向に付けている。
- 規模:全長約80メートル、後円部径約55メートル、後円部3段築成、周濠幅約10.5-17.5メートル
- 発掘調査:1999年9月から奈良県立橿原考古学研究所と桜井市教育委員会によって実施された。
- 位置 北緯34度32分23.5秒東経135度50分41.6秒
[編集] 埋葬施設
- 墳頂部の中央から「石囲い木槨」出土。大きな土壙内に内側の長さ約7メートル、幅約2.7メートル石室状の施設。その内部にコウヤマキ製の5メートルの刳抜式木棺を納めた大規模な木槨。広義の割竹形木槨。天井は木材を渡し、その上に地元の川原石を積んでいる。水銀朱で覆われていたと思われる。
- 前方部裾葺石を一部除去して木棺を埋葬している。くびれ部に簡単な埋葬施設1基あり。
- 上2者とは別に、主体部西側に横穴式石室がある。すでにあった墳丘を利用して6世紀末頃に営まれたものと考えられる。
- 石室全長14メートル以上
- 玄室に組合式家形石棺
[編集] 副葬品・出土遺物
- 大型壺(瀬戸内系、高さ77センチメートル・最大径65センチメートル)
- 中型壺(東海系、高さ26センチメートル・最大径24センチメートル)
- 銅鏃 約60本
- 鉄鏃 約60本
- 素環頭大刀 1口
- 鉄製刀剣類 10口
- 加飾壺
- 画紋帯同向式神獣鏡(がもんたいどうこうしきしんじゅうきょう)1面
- 画紋帯神獣鏡かと考えられる銅鏡片2個体分、内行花文鏡片
- 鉄製農工具
- 二重口縁壺20体(庄内式)
- 布留0式土器3点