ペーター・ツー・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン

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フリードリヒ・エルンスト・ペーター・ヘルツォーク(公爵)・ツー・シュレースヴィヒ=ホルシュタインFriedrich Ernst Peter Herzog zu Schleswig-Holstein-Sonderburg-Glücksburg, 1922年4月30日 ルイーゼンルント城 - 1980年9月30日 ビーネベク荘園、トゥンビー)は、ドイツデンマーク系の上級貴族グリュックスブルク公爵家の家長で、名目上のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン公爵(1965年 - 1980年)。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公ヴィルヘルム・フリードリヒと、その妻でホーエンローエ=ランゲンブルク侯エルンスト2世の娘であるマリー・メリタの間の第3子、三男として生まれた[1][2]第2次世界大戦中の1944年、長兄のハンス・アルブレヒト(1917年 - 1944年)が東部戦線ポーランドで戦死すると、父の相続人として公世子(Elbprinz)を名乗ることとなった。1965年、父の死に伴ってグリュックスブルク家の家督を相続し、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公爵を称した。

1947年10月9日にグリュックスブルクにおいて、シャウムブルク=リッペ侯子シュテファン(シャウムブルク=リッペ侯ゲオルクの五男)の娘マリー・アリックス(1923年 - )と結婚し、間に2男2女の4人の子女をもうけた。

  • マリタ(1948年 - ) - 1975年、ヴィルフリート・フォン・プロート男爵と結婚
  • クリストフ(1949年 - ) - シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公爵家家長
  • アレクサンダー(1953年 - ) - 1994年、Barbara Fertschと結婚
  • インゲボルク(1956年 - ) - 1991年、Nikolaus Broschekと結婚

脚注[編集]

  1. ^ Darryl Lundy (2003年6月17日). “Friedrich Ernst Peter Herzog zu Schleswig-Holstein-Sonderburg-Glücksburg”. thePeerage.com. 2008年9月2日閲覧。
  2. ^ Paul Theroff. “SCHLESWIG-HOLSTEIN”. Paul Theroff's Royal Genealogy Site. 2008年3月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月2日閲覧。
先代:
ヴィルヘルム・フリードリヒ
〈名目上〉シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公
グリュックスブルク家家長

1965年 - 1980年
次代:
クリストフ