ベン・フォールズ・ファイヴ

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Ben Folds Five
チャペルヒルでのライブ(2008年)}
チャペルヒルでのライブ(2008年)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ノースカロライナ州, チャペルヒル
ジャンル オルタナティヴ・ロック
活動期間 1993 - 2000
2008
2012 -
レーベル Passenger
Caroline Records
550 Music
公式サイト benfoldsfive.com
メンバー
ベン・フォールズ
ロバート・スレッジ
ダレン・ジェシー

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ベン・フォールズ・ファイヴ(Ben Folds Five)はノースカロライナ州チャペルヒルで結成された、ピアノを主体としたスリーピースロックバンドである。 1994年に結成され2000年11月に解散した。2008年に地元チャペルヒルにて、ベン・フォールズ・ファイヴ名義でライブを行った。

メンバー[編集]

ベン・フォールズ
ヴォーカルピアノ担当で、バンドの中心メンバーであり、ほとんどの作曲を担当した。 バンドの解散後も「ベン・フォールズ」名義によりソロで活躍している。
ベースおよびコーラスを担当していた。 解散後は2004年までインターナショナル・オレンジ(International Orange)でベースを担当していた。
ドラムコーラスを担当していた。 ベジタリアンである。 解散後はホテル・ライツ(hotellights)のボーカルギターをつとめる。

特徴[編集]

ロックには珍しい、ピアノを中心としたギターレスバンドであった。 解散までに4枚のアルバム、6枚のシングル、解散後に1枚のDVDをリリースしている。1996年2月の初来日公演の大成功や、テレビドラマ『ロングバケーション』の効果もあって、ファースト・アルバム『ベン・フォールズ・ファイヴ』が本国よりも先に日本でヒットした。そのため、日本盤のセカンド・アルバムには「ソング・フォー・ザ・ダンプド」(Song For The Dumped)の日本語バージョン「金返せ」が収録された。

来歴[編集]

ベン・フォールズ・ファイヴは、1993年にベン・フォールズを中心としてチャペルヒルで結成した。彼らは、バンド名とは異なり3人組だった。ベンはバンド名について「ベン・フォールズ・スリーより響きがよいから」と説明している[1]。ベンはかつて自分達の音楽を「泣き虫野郎のパンク・ロック」と評していた[2]

彼らの最初のラジオ・シングルは「Underground」で、1stスタジオ・アルバムベン・フォールズ・ファイヴ』(1995年発表)に収録されている。『ベン・フォールズ・ファイヴ』は、アメリカでは売上的に成功しなかったが、日本では30万枚以上の売上を記録[3]し、日本のラジオ局J-WAVEからは1996年の年間最優秀新人アーティストに選ばれた[4]。イギリスではシングル「Underground」が全英シングルチャートで37位を記録した[5]

1997年に発表された2ndスタジオ・アルバム『ワットエヴァー・アンド・エヴァー・アーメン』も、日本では3週間に30万枚の売上を記録する[6]のに続き、イギリスでも全英アルバムチャートで30位を記録し[7]、アルバムからカットされたシングル3曲がトップ40に入った(「Battle Of Who Could Care Less」:26位[8]、「Kate」:39位[9]、「Brick」:26位[10])。「Brick」は本国アメリカでヒットし(ビルボード・アダルトトップ40で11位を、トップ40メインストリームで17位を記録[11])、アルバムも全米アルバムチャートで42位を記録する[11]彼らにとって最も大きなヒットとなった。

未発表音源を寄せ集めたアルバム『ネイキッド・ベイビー・フォトズ』(1998年発表、イギリスで65位[12]、アメリカで94位を記録[11])をはさんで、3rdスタジオ・アルバムは落ち着いたジャズ風のアルバム『ラインホルト・メスナーの肖像』で、1999年に発表された。このアルバムはイギリスで22位[13]、アメリカで35位[11]を記録するも、日本では前々作・前作よりも劣る15万枚の売上を記録した[3]。1998年にはバート・バカラックのトリビュート・アルバム『One Amazing Night』に「雨にぬれても」のカバーを提供[14]、1999年に発売されたコソボ救済チャリティ・アルバム『No Boundaries: A Benefit for the Kosovar Refugees』に、バンドは曲「Leather Jacket」を提供した[15]

彼らの最後のリリースは、スティーリー・ダンの「Barrytown」のカヴァーで、『ふたりの男とひとりの女』のサウンドトラックに収録された。彼らは『ラインホルト・メスナーの肖像』のワールド・ツアーが続くなか、新アルバムの制作に取り掛かったが、結局2000年10月に友好的にバンドは解散した[16]

2012年に再結成し、9月18日に『サウンド・オブ・ザ・ライフ・オブ・マインド』を発売した。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

  • 1995年 『ベン・フォールズ・ファイヴ』 (Ben Folds Five
  • 1997年 『ワットエヴァー・アンド・エヴァー・アーメン』(Whatever and Ever Amen
  • 1998年 『ネイキッド・ベイビー・フォトズ』(Naked Baby Photos
  • 1999年 『ラインホルト・メスナーの肖像』(The Unauthorized Biography of Reinhold Messner
  • 2005年 『ワットエヴァー・アンド・エヴァー・アーメン(リマスター・エディション)』
  • 2012年 『サウンド・オブ・ザ・ライフ・オブ・マインド』(The Sound Of The Life Of The Mind

DVD[編集]

  • 2001年 『セッションズ』(The Complete Sessions At West 54th

脚注[編集]

  1. ^ Hofmann, Pieter (1997年3月10日). “Waist Deep in Pianos and Buses”. Drop-D Magazine. 2006年9月2日閲覧。
  2. ^ Thomas, Sarah (2006年8月25日). “Ben Folds with the Sydney Symphony Orchestra”. Sydney Morning Herald. http://www.smh.com.au/news/gig-reviews/ben-folds-with-the-sydney-symphony/2006/08/25/1156012707758.html 2006年9月23日閲覧。 
  3. ^ a b 早分かりベン・フォールズ”. Sony Music Japan International. 2011年7月6日閲覧。
  4. ^ >Sony Music Online Japan:International-Ben Folds Five-”. Sony Music Entertainment<Japan>. 2011年7月6日閲覧。
  5. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Underground”. 2012年7月2日閲覧。
  6. ^ Sony Music Online Japan : ベン・フォールズ・ファイヴ : ワットエヴァー・アンド・エヴァー・アーメン[リマスター・エディション]”. Sony Music Entertainment<Japan>. 2011年7月6日閲覧。
  7. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Whatever And Ever Amen”. 2012年7月2日閲覧。
  8. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Battle Of Who Could Care Less”. 2012年7月2日閲覧。
  9. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Kate”. 2012年7月2日閲覧。
  10. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Brick”. 2012年7月2日閲覧。
  11. ^ a b c d Ben Folds > AllMusic”. Awards. 2012年7月2日閲覧。
  12. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - Naked Baby Photos”. 2012年7月2日閲覧。
  13. ^ ChartArchive - Ben Folds Five - The Unauthorized Biography Of Reinhold Messner”. 2012年7月2日閲覧。
  14. ^ One Amazing Night - Burt Bacharach > AllMusic”. 2012年7月2日閲覧。
  15. ^ Leather Jacket > AllMusic”. 2012年7月2日閲覧。
  16. ^ Ben with the Breeze”. The Breeze. 2006年11月27日閲覧。

外部リンク[編集]