ベロニカ・キャンベル=ブラウン

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ベロニカ・キャンベル=ブラウン Portal:陸上競技
Osaka07 D3A Veronica Campbell celebrating.jpg
選手情報
フルネーム ベロニカ・キャンベル=ブラウン
国籍 ジャマイカの旗 ジャマイカ
種目 短距離走
生年月日 1982年5月15日(32歳)
生誕地 ジャマイカトレローニー教区
居住地 アメリカ合衆国フロリダ州
身長 163cm
体重 61kg
自己ベスト
100m 10秒76 (2011年)
200m 21秒74 (2008年)
400m 52秒25 (2011年)
 
獲得メダル
ジャマイカの旗 ジャマイカ
女子 陸上競技
オリンピック
2004 アテネ 200m
2004 アテネ 4×100mリレー
2008 北京 200m
2000 シドニー 4×100mリレー
2012 ロンドン 4×100mリレー
2004 アテネ 100m
2012 ロンドン 100m
世界選手権
2007 大阪 100m
2011 テグ 200m
2005 ヘルシンキ 100m
2005 ヘルシンキ 4×100mリレー
2007 大阪 200m
2007 大阪 4×100mリレー
2009 ベルリン 200m
2011 テグ 100m
2011 テグ 4×100mリレー
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ベロニカ・キャンベル=ブラウンVeronica Campbell-Brown, 1982年5月15日 - )は、ジャマイカ陸上競技選手である。オリンピックで5つのメダルを獲得しており、特に200mでは、2004年2008年と連覇している。これは、ベーベル・エッカート東ドイツ)が1976年1980年に達成して以来で、女子では史上2人目となった。

経歴[編集]

キャンベルは、ジュニアの時代から頭角を現しており、1999年世界ユース選手権では、100m4×100mリレーの2種目で金メダルを獲得している。翌2000年には、世界ジュニア選手権で史上初めて100mと200mで2冠を達成した。その年のシドニーオリンピックでは、18歳にして4×100mリレーのメンバーとして参加し、銀メダルを獲得した。

2004年アテネオリンピックでは、まず100mで銅メダルを獲得すると、200mでは、後のライバルとなるアメリカのアリソン・フェリックスを抑えて金メダルを獲得。さらに4×100mリレーでも優勝し、金メダル2個を含め3つのメダルを獲得する大活躍であった。

翌年の世界選手権では100m、4×100mリレーで2個の銀メダルを獲得した。200mでは優勝候補と見られていたが、決勝ではカーブを曲がりきれずに外側のレーンにはみ出てしまった。失格にこそならなかったものの、直線でクリスティーン・アーロンフランス)にかわされ、メダルを逃した。

2007年世界選手権女子100m決勝では、長い写真判定の結果、2位のローリン・ウィリアムズ(アメリカ)と11秒01の同タイムながら、金メダルを獲得した。また、200mはフェリックスに敗れて銀メダルであった。4×100mリレーでは、アンカーのキャンベルがトーリ・エドワーズ(アメリカ)との差を縮めたが、わずかに100分の3秒及ばず、こちらも銀メダルであった。

2007年11月、アーカンソー大学時代の同級生で陸上選手のオマー・ブラウンと結婚し、ベロニカ・キャンベルからベロニカ・キャンベル=ブラウンとなった。結婚式にはマリーン・オッティタイソン・ゲイや、ジャマイカ首相のブルース・ゴールディングらも出席した。

2008年北京オリンピック国内選考会の100mでは、10秒88という好タイムを記録するも4位に終わり、世界チャンピオンが国内選考会で敗れるという波乱の展開となった。しかし、200mでは貫禄を見せて優勝。タイムは21秒94の自己ベストであった。 迎えたオリンピックの開会式ではジャマイカ選手団の旗手を務め、200mでは、自己ベストを大きく更新する21秒74で優勝した。4×100mリレーは、キャンベル=ブラウンに加え、100mでメダルを独占した3人(シェリー=アン・フレーザーシェローン・シンプソンケロン・スチュワート)というメンバーで、世界記録更新も期待されていたが、決勝ではバトンミスにより失格となった。

2013年6月、禁止薬物(フロセミド)の陽性反応を示した。[1][2]


主な実績[編集]

大会 場所 種目 結果 記録
1999 世界ユース選手権 ブィドゴシュチュポーランド 100m 1位 11秒49
2000 世界ジュニア選手権 サンティアゴチリ 100m 1位 11秒12
2000 世界ジュニア選手権 サンティアゴ(チリ) 200m 1位 22秒87
2000 オリンピック シドニーオーストラリア 4x100mR 2位 42秒13
2002 コモンウェルスゲームズ マンチェスターイギリス 100m 2位 11秒00
2004 オリンピック アテネギリシャ 100m 3位 10秒97
2004 オリンピック アテネ(ギリシャ) 200m 1位 22秒05
2004 オリンピック アテネ(ギリシャ) 4x100mR 1位 41秒73
2004 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロモナコ 100m 1位 10秒91
2004 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 200m 1位 22秒64
2005 世界選手権 ヘルシンキフィンランド 100m 2位 10秒95
2005 世界選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 200m 4位 22秒38
2005 世界選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 4x100mR 2位 41秒99
2005 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロモナコ 100m 1位 10秒92
2005 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 200m 2位 22秒37
2006 コモンウェルスゲームズ メルボルンオーストラリア 200m 2位 22秒72
2007 世界選手権 大阪日本 100m 1位 11秒01
2007 世界選手権 大阪(日本) 200m 2位 22秒34
2007 世界選手権 大阪(日本) 4x100mR 2位 42秒01
2008 オリンピック 北京中国 200m 1位 21秒74
2009 世界選手権 ベルリンドイツ 100m 4位 10秒95
2009 世界選手権 ベルリン(ドイツ) 200m 2位 22秒35
2010 世界室内選手権 ドーハカタール 60m 1位 7秒00
2011 世界選手権 テグ韓国 100m 2位 10秒97
2011 世界選手権 テグ(韓国) 200m 1位 22秒22
2011 世界選手権 テグ(韓国) 4x100mR 2位 41秒70
2012 オリンピック ロンドンイギリス 100m 3位 10秒81

自己ベスト[編集]

種目 記録 風速 場所 日付 備考
60m
7秒00
(室内)
ドーハカタール 2010年3月14日 世界歴代7位
100m 10秒76 +1.1m/s オストラヴァチェコ 2011年5月31日 世界歴代8位
200m 21秒74 +0.6m/s 北京中国 2008年8月21日 世界歴代9位
200m 22秒38
(室内)
バーミンガムイギリス 2005年2月18日 世界歴代5位
400m 52秒25
オーランド(アメリカ合衆国) 2011年3月26日
400m 52秒24
(室内)
フェイエットビル(アメリカ合衆国) 2005年1月22日

脚注[編集]

外部リンク[編集]