ベシー・クーパー

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ベシー・クーパー
Besse Cooper
生誕 1896年8月26日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テネシー州
死没 2012年12月4日(満116歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジョージア州
住居 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
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ベシー・ベリー・クーパー(Besse Berry Cooper、1896年8月26日 - 2012年12月4日)は、かつて世界最高齢だったアメリカの女性。元教師。アメリカの老人学研究団体ジェロントロジー・リサーチ・グループによって認定された、1896年生まれの最後の生き残りであった。また世界歴代第8位、アメリカ合衆国歴代第4位の記録を保持している。

テネシー州で生まれ、ルーサー・クーパーと1924年に結婚するが1963年に未亡人となる。ビアトレス・ファーベが2009年1月19日に死去したことによりジョージア州での長寿一となり、ユーニス・サンボーンが2011年1月31日に死去し長寿世界一と認定される。しかし2011年5月18日ブラジルマリア・ゴメス・バレンティンが世界最高齢と認定され、48日差で2位となった。約1ヶ月後の6月21日にバレンティンが死去したため、改めて世界最高齢と認定された[1]。他人のことは気にせず、ジャンクフードを食べないことを長生きの秘訣に挙げていた[2]。4人の子どもをもうけ、114歳の時点で12人の孫がいた。

2012年の116歳の誕生日には、地元ウォルトンに建設された橋に彼女の名前が付けられた[3]。かつてクーパーが教鞭をとった学校はここから数マイルの場所にある。

2012年12月4日、ジョージア州アトランタ近くの老人ホームで死去。116歳没(116歳100日)。同じくアメリカ人女性のディーナ・マンフレディーニが世界最高齢となった[4]

彼女は日本の和暦では明治29年生まれで、明治20年代生まれの最後の生き残りである。彼女の生まれた年には最初の近代オリンピックが開催され、死去した年までに28回(中止された大会を含むと31回)のオリンピックが開催された。

日本の詩人宮沢賢治とは誕生日が1日違いである(クーパーが1日早い)。

出典[編集]

関連項目[編集]

記録
先代:
マリア・ゴメス・バレンティン
存命人物のうち世界最高齢
2011年6月21日 - 2012年12月4日
次代:
ディーナ・マンフレディーニ
先代:
マリア・ゴメス・バレンティン
存命女性のうち世界最高齢
2011年6月21日 - 2012年12月4日
次代:
ディーナ・マンフレディーニ