ベクタースキャン

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ベクタースキャン(Vector Scan)とは、ブラウン管の輝点やレーザーなどを、直接、図形の形状に沿って振り動かし(スキャン、日本語で走査と言う)、図形を描画する方式のことである。プロッターによる描画も一種のベクタースキャンといえるであろう。

民生機器ではかつて、ビデオゲーム(コンピュータゲームを参照)、特に専用ハードウェアをよく使うアーケードゲームにおいて使われていた。またコンシューマーゲーム機(ゲームコンソール(en:Video game consoleを参照))においても、表示装置をセットで販売したen:Vectrexという例があり、同機は日本では「光速船」の名で発売された。なかには、ベクタースキャンしか出さないゲーム会社も存在した。この記事では(いまのところ)もっぱらゲームにおける利用に関して説明している。

最初のベクタースキャンディスプレイWhirlwindで開発され、SAGEで使用された[1][1]

業務用機器では、解像度の限界なしに図形を表示できることからCADに使われた。CAD用にはメモリが安くなってVRAMがふんだんに使えるようになり高精細度のラスタースキャンディスプレイが出てくるまでは使われていた。航空管制用レーダーの一部機種にも、ベクタースキャンで航空機の情報をオーバーレイ表示するものがある。

原理[編集]

ベクタースキャンはラスタースキャンと対置される。ラスタースキャンは、点で直線状にスキャン(走査)して線を、その線で直角方向にスキャンして面を構成し、点の輝度(や色彩)の変化によって画像を描画する。走査によって描画する線を走査線と言う。

液晶テレビプラズマテレビは輝点を振っているわけではないが、画面全体を常に描画しているという点ではラスタースキャンのブラウン管と共通している。

これに対しベクタースキャンは、要するにオシロスコープX-Yモードオシロスコープ#トリガの種類を参照)で利用しているようなもので、英語においてはベクタースキャンを"X-Y Plot"等とも呼ぶ。図形を描画する線を、輝点をその線に沿って動かして、直接描くわけである。走査によって描画する線はベクタースキャンでもやはり走査線であるが、一般に「走査線」の語はラスタースキャンのそれを指す感が強い。オシロスコープでは掃引(スウィープ)や掃引線(トレース)の語が使われる。

ベクタースキャンのブラウン管には、ふつうのラスタースキャンのブラウン管と同様一定時間(リフレッシュレート)毎に再描画(リフレッシュ)するものと、一旦閾値以上の輝度で光らせた点は光り続けるよう工夫された蓄積管(en:Storage tube、記憶装置タイプのブラウン管(ウィリアムス管)と区別するためDVST(Direct-View Storage Tube)とも。en:Direct-view bistable storage tubeも参照)というブラウン管を使い、図形を描くコマンドが出た時のみ、画面上のある座標からある座標まで輝点によって線を引くという処理を行うものとがある。蓄積管は、一旦表示したものは全部いっぺんに消すことしかできない。

蓄積管によるベクタースキャンディスプレイは、インタラクティブな表示が必要なゲームには向かないが、これをビデオ表示端末に応用した場合、ホストコンピュータとの間はわずかな帯域幅の通信機能でよい、表示装置自体が記憶装置を兼ねているため端末装置にはVRAMのような記憶装置が全く必要ない、などの利点があり、動画の必要性のないCADなどでは使われた。

こうした仕様のため、描画できるのは「点」と「線」のみである。「線を組み合わせた簡単な図形や英数字」や「円や曲線」には向いているが、塗りつぶしやビットマップ画像の表示は困難である。

しかし、細かくハッチングをするような処理をソフトウェア的に行えば不可能ではない。たとえば、光速船用ソフトでは、標準で文字描画にソフトウェアによる疑似ラスタースキャン描画を行っており、一部の海外製の光速船用同人ゲームではゲーム画面そのものを全てソフトウェアによる疑似ラスタースキャンで描画しているものもある。

ワイヤーフレーム技術やポリゴン技術(ただしポリゴンの場合はエッジと可視性(en:Visibility (geometry))処理のみ)で処理された図形や、ベクターイメージ(やはり塗り潰しを除く)の表示と相性が良い。しかしこれらと同一の技術ととらえるのは正しくない。

ラスタースキャンとの比較[編集]

ラスタースキャンの映像を生成する方式は、おおざっぱに2分すると、フレームバッファを利用するものと、スプライトを利用するものに分けられ、以下の説明は、それぞれそのどちらかに対してのものが多いが、特に注記しない。

長所[編集]

  • 描画データが基本的に座標点のみ(モニタによっては輝度、描画速度、カラー等を含む)のみであるため、ラスタースキャンに対して画像メモリを少なく出来る。
  • キャラクタを輪郭線のみで表現出来るため、拡大した場合でも描画時間・データ量がそれほど増えず、結果として大きなキャラクタの描画がハードへ大きな負担をかけずに行える。
  • 描画データが基本的に座標点のみであるため、ラスタースキャンに比べてキャラクタの拡大・縮小が容易である。
  • 線や点が細かい。特にモノクロモニタの場合はブラウン管に色蛍光体が存在しないため、全くジャギーの存在しない画像が得られる。
  • モニタの種類によっては、指定した走査線の輝度・描画速度を変更出来る。輝度を高く・描画速度を遅くした場合はアニメ特撮透過光の様に強く光らせる事が出来る。輝度・描画速度の設定によっては蛍光物質に対する照射時間が常時一定であるラスタースキャンでは不可能な超高輝度描画も可能である。このため直射日光の中でも視認できるようにする必要があるHUDで使われる。
  • ゲームなどでキャラクターなどが破壊された時、キャラクターを構成していた線(ワイヤーフレーム)をバラバラに散らかす演出が可能(ラスタースキャンでは、爆発したり壊れた時専用のグラフィックを表示させる)。

短所[編集]

  • 前述の通り単純な図形描写しか行えない。
  • 走査線の描画速度はラスタースキャンに対して明らかに遅い(描画速度はモニタ種類によって異なる)ために多数のキャラクタを表示出来ない。このため背景まで描く余裕は余りない(これは同時期のラスタースキャンゲームも同様)。この為ゲームによってはモニターの上にオーバーレイ(イラスト)が置かれ、プログラム処理上はオーバーレイの位置にキャラクターが来ると障害物として判定される、という仕様のものもあった。後述の『アーモアアタック』等は背景がすべてオーバーレイのみに描かれ、ゲーム画面ではキャラクタのみ描画している。こうしたゲームはMAMEで再現した場合、同ゲームのオーバーレイを含むアートワークファイルが無いと背景が全く見えないため、ゲームにならない。
  • 線の太さは固定である。ただし視覚上の太さは輝度に比例する。
  • 当初は白黒しか表示出来なかった。このため日本のタイトーにライセンスされたゲームでは、色セロファンを貼っていたものもある。ただし後年においては『スペースフューリー』からカラー化が実現した。原理はブラウン管や液晶のカラー化と同じで、赤・緑・青と三色の色彩表示情報を組み合わせている。ただし、シャドーマスクのために、解像度無制限というメリットは失われる。
  • 表示には専用のモニタが必要である、なおモニタの種類によってはブラウン管はラスタースキャン用と同じ物を使い、制御基板のみ別の物も存在する。この為ゲームを保存するにはアーケードゲーム基板だけでなく、専用モニタ一式を含めての保存が必要となる。 専用モニタの絶対生産数が少ないため、欧米の愛好家の間ではレストアが製造後20年以上経過した後も行われており、オリジナルと異なるモニタを接続する改造例もある。

ローゼンタール[編集]

アーケードビデオゲーム史にベクタースキャンをからめて語る際に欠かせない人物が、ラリー・ローゼンタール (Lally Rosenthal)である。

ローゼンタールはマサチューセッツ工科大学を1976年に卒業しているが、このマサチューセッツ工科大学は全てのテレビゲームの祖とも言われる『スペースウォー!』が作られた場所である。

ノーラン・ブッシュネルは『スペースウォー!』のアーケード化を目指し「コンピュータースペース」を作り上げたが、これはラスタースキャン式であった。ローゼンタールは『スペースウォー!』にも使われていたベクタースキャン技術を(詳細は後述)、アーケードにも使える様さらに改良、この権利をアタリ(前述のブッシュネルが創業)やミッドウェイにも売り込んだが、売り上げをローゼルタールと売り込み先で折半するという無茶な要求だったため、断られていた。

そこにアタリ『ポン』の大ヒットをきっかけに、ジム・ピアーズなどがサンディエゴ近辺で創業したシネマトロニクス社が現れる。同社は新しいゲームを作る力が無く倒産しかけていた為、ワラをもつかむ思いでローゼンタールに飛びついた。そして発売された『スペースウォーズ』は、アメリカでは『ポン』と『スペースインベーダー』の間で最もヒットしただけでなく、当時のアメリカとしては長期間ヒット保ったゲームとなり、同社はベクタースキャンゲーム専門の最も有名なゲームメーカーとなった。

ローゼンタールも権利料で大きな収入を得たが、他社もベクタースキャンを使用する際にはローゼンタールに膨大な権利料を払う必要があり、この時期にベクタースキャンゲームを出した会社の数が限られていたのは、ローゼンタールの権利料の問題があったためと思われる。

だが『スペースウォーズ』完成後、ローゼンタールはシネマトロニクスの販売担当者のビル・クレーバンズと共にシネマトロニクスを退社してしまい、この時開発ツールをはじめ、開発に関するあらゆる資料を持ち去ってしまった。そこでシネマトロニクスでは入社したばかりのティム・スケリーが技術解析を行った事で、その後の危機は回避する事が出来た。このスケリーが最初に作ったゲームが『スターホーク』である。

そしてローゼンタールは同年末、クレーバンズとベクタービーム社を創業、『スペースウォーズ』とほとんど同じゲームを販売した。これは訴訟にまで持ち込まれたが、結局一年後にシネマトロニクスがベクタービームを100万ドルで買収する事で合意、ローゼンタールはこれに満足したのか、やっとゲーム業界から去った。ただしベクタービームの資産は半年たたない内にすぐエキシディ社に売却されている。しかもシネマトロニクスはローゼンタールに払った金額が多すぎた為、今度は資金難に陥ってしまった。なおシネマトロニクスはベクタースキャン専門と記したが、晩年にはレーザーディスクゲームドラゴンズレア』でもヒットを飛ばし、寿命を少し伸ばす事ができた。

その後[編集]

1980年代半ばになるとコンピュータの技術が飛躍的に向上し、ラスタースキャンでも何ら処理速度は変わらず、視覚的効果ではむしろベクタースキャンを上回る様になり、ベクタースキャンゲームは作られなくなった。しかしその独特の映像に、今でも魅力を感じるファンは多い。

現在は前述通りラスタースキャンの技術が進歩した為、家庭用ゲーム機の復刻ゲームやMAMEにおいて、当時のベクタースキャン映像を体感する事が出来る。ただしあくまで描画をソフトウェアによりラスタースキャンモニタ上にエミュレートするのみであり、描画エミュレート方法も日々進化しているが、物理的な問題から見た目では依然大きな差が付いている。

ベクタースキャン使用製品[編集]

  • 右の括弧は、日本でライセンス生産した会社。
  • ★印は光速船に移植されたゲーム。なおゲーム名やキャラデザイン等が変更されている移植も存在する。

アタリ[編集]

ルナーランダー (Lunar Lander) - 1979年セガタイトー
アタリ初のベクタースキャンゲーム。
★アステロイド (Asteroids) - 1979年(セガ、タイトー)
当時のアメリカとしては最大のヒット作で、6万台を出荷した(「スペースインベーダー」は日本で30万、アメリカで5万)、なお光速船には「MINE STORM」という名前のクローンゲームが内蔵されている、基本ルールは同一だが移動がシネマトロニクスのゲームで採用されている方式に変更され(自機の慣性がごく短時間しか持続せず、スロットルボタンを離せばある程度移動してから自動的に止まる)、オリジナルでは一種類しか無かった小惑星が面毎に別々の動きをする機雷に変更されており、オリジナルよりゲーム性は高い。
Asteroids Deluxe - 1980年
バトルゾーン (Battle Zone) - 1980年(タイトー)
三次元視点戦車戦ゲーム。
Bradley Trainer - 1980年
「Army Battlezone」とも呼ばれる、「バトルゾーン」が非常によく出来ていた為、M2ブラッドリー歩兵戦闘車の教習シミュレータとしてカスタマイズしたバージョン。最大の違いは操作系にあり、オリジナルはツインスティックだったものが、上下左右のアナログ操作で砲塔の操作のみを行うものとなっている。この時に作られたコントローラが後に「スターウォーズ」で採用されたもののプロトタイプとなった。
レッドバロン (Red Baron) - 1980年
複葉機をモチーフにした三人称視点のシューティングゲーム。当時としては画期的だったが商業的には失敗だった。しかしこの作品に影響を受けてマイクロプローズ社が設立され、フライトシミュレータというジャンルを確立するに至る。
Tempest - 1981年
アタリ初のカラーベクタースキャン作品。以降総てカラー方式となる。
Space Duel - 1981年
Black Widow - 1982年
Lunar Batttle - 1982年
Gravitarのプロトタイプ版。
Gravitar - 1982年
Quantum - 1982年
世界初のCPUMC68000を使用したアーケードゲーム。トラックボールで円を描いて敵を囲う。
スター・ウォーズ (Star Wars) - 1983年
当初はオリジナルゲームとして企画・制作されたが、ルーカスフィルムのライセンスを得て途中から「スターウォーズ」のゲーム化となった。1990年代まで渋谷のゲームセンターで遊ぶ事が出来た。
Alpha One - 1983年
「メジャーハボック」のプロトタイプ版。
メジャーハボック (Major Havoc) - 1983年
日本に最後に正規輸入されたアタリのベクタースキャンゲーム。正規輸入台数は非常に少ないが、その独特のゲーム性は日本のいくつかのゲームに影響を与えている。
The Empire Strikes Back - 1985年
このタイトルは『スター・ウォーズII 帝国の逆襲』の事。このゲームのみアタリゲームズ社になってから発売。単体での発売は行っておらず、『スター・ウォーズ』の筐体へのコンバージョンキットのみ販売された。日本への正規輸入は行われていない。

シネマトロニクス (Cinematronisc)[編集]

★スペースウォーズ (Space Wars) - 1977年(セガ、タイトー、レジャック→後のコナミ
セガは「スペースシップ」の名で発売。レジャック版は邦題不明。
★スターホーク (Star Hawk) - 1979年(セガ、タイトー)
タイトーは色セロファンを使用した「レーザーウォーズ」の名で発売。
サンダンス (Sundance) - 1979年(セガ)
テイルガンナー (Tailgunner) - 1979年(セガ)
飛行体の後端からの砲台視点で向かってくる敵機を回数制限付きのバリア等を駆使しつつ撃退する。敵機を撃ち逃すと1ミス。
★アーモアアタック (Armor Attack) - 1980年(セガ)
光速船版は背景を描画することにより、オーバーレイが無くても遊べるようになっている。なお設定により背景を描画させない事も可能。
★Rip Off - 1980年
★Star Castle - 1980年
Boxing Bugs - 1981年
★Solar Quest - 1981年
War of the Worlds - 1981年
★Cosmic Chasm - 1983年
正確にはオリジナルが光速船版で、後にアーケードゲーム化。同社唯一のカラーベクタースキャンゲーム。従来のモノクロモニタは自社製の物を使用していたが、これのみモニタはElectroHome社製G-08sを使用している。すなわちシネマトロニクス製のカラーベクターモニタは存在しない。

セガ・グレムリン (Sega/Gremlin)[編集]

アーケードゲーム基板として、ラスタースキャンとベクタースキャンどちらでもカラーで対応可能なG80基板を採用している。なお晩年には技術部門がやはりエキシディに売却されている。

スペースフューリー (Space Fury) - 1981年
世界初のカラー方式ベクタースキャンモニタを採用したゲーム。日本語版は音声がローカライズされており、敵が日本語で喋る。
エリミネイター (Eliminator) - 1981年
スタートレック (Star Trek) - 1982年
タックスキャン(Tac/Scan) - 1982年
Zektor - 1982年

その他のメーカー[編集]

Barrier - 1979年 ベクタービーム (Vectorbeam)
元々はアメリカンフットボールをモチーフにした電子ゲームだったものを、魔法使いを破って城に進むゲームに置き換えたもの。シネマトロニクスの新人社員が練習用として作ったもので、売れる訳が無いと思われていた。そこに売れるゲームは無いかとベクタービームがやって来た為、シネマトロニクスはこのゲームをベクタービームに押し付けた。ところが直後にベクタービームがシネマトロニクスに買収された為、結局シネマトロニクスが売る破目になった。日本ではシグマ(後のアドアーズ)が「THE 悟空」としてリメイクしたが、THE 悟空自体はラスタースキャンである。
Speed Freak - 1979年 ベクタービーム
Warrior - 1979年 ベクタービーム
Omega Race - 1981年 ミッドウェイ(Midway)
Demon - 1982年 ロッコーラ(Rock-ola)
QB-3 - 1982年 ロッコーラ
Aztarac - 1983年 セントゥーリ(Centuri)
Tailgunner2 - 1980年 エキシディ(Exidy)
Top Gunner - 1986年 エキシディ
最後のアーケードベクタースキャンゲーム。

アーケードゲーム以外[編集]

PDPシリーズ - 1959年
ベクタースキャン表示装置が周辺機器として提供されていた。『スペースウォー!』はこのPDPシリーズの始祖であるPDP-1とベクタースキャン表示装置で作られた。
光速船 - 1982年
米GCE社の「Vectrex」を、日本でバンダイが発売した際の名前が「光速船」である。家庭用ゲーム機唯一のベクタースキャン機。

脚注・参照[編集]

  1. ^ SAGEの広報映像 http://www.youtube.com/watch?v=iCCL4INQcFo の 1 分前後のあたりに見られる