ベアトリス・デ・ポルトゥガル (1430-1506)

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ヴィゼウ公爵夫人ベアトリス

ベアトリス・デ・ポルトゥガル(Beatriz de Portugal, Duquesa de Viseu, 1430年 - 1506年)は、ポルトガル王国の王族。従弟のヴィゼウ公フェルナンドと結婚し、ヴィゼウ公爵夫人となった。アヴィス王朝の開祖ジョアン1世の孫娘で、マヌエル1世の母親である。

ジョアン1世王の同名の息子でレゲンゴシュ領主のジョアンと、その妻でブラガンサ公アフォンソ(ジョアン1世の庶長子)の娘であるイザベル・デ・バルセロスの間の次女として生まれた。両親は叔父と姪の関係にあった。姉のイザベルはカスティーリャ王フアン2世の王妃である。1447年に叔父のドゥアルテ1世王の三男で、3歳年下の従弟にあたるべージャ公・ヴィゼウ公フェルナンド王子と結婚した。

カスティーリャイサベル1世女王の叔母だった縁で、第二次カスティーリャ継承戦争におけるポルトガル、カスティーリャ間の講和条約である1479年のアルカソンヴァス=トレド条約の締結に大きく貢献した。講和交渉に際し、ベアトリスは自らイサベル女王の元を訪れ、姪を説得したという。また劇作家ジル・ヴィセンテの重要な庇護者でもあった。

子女[編集]

夫フェルナンドとの間に9人の子供をもうけた。

  • ジョアン(1448年 - 1472年) - ベージャ公、ヴィゼウ公、ポルトガル軍総司令官
  • ディオゴ(1450年 - 1484年) - ベージャ公、ヴィゼウ公
  • ドゥアルテ(夭折)
  • ディニス(夭折)
  • シモン(夭折)
  • レオノール(1458年 - 1525年) - 1471年、ポルトガル王ジョアン2世と結婚
  • イザベル(1459年 - 1521年) - 1472年、ブラガンサ公フェルナンド2世と結婚
  • マヌエル(1469年 - 1521年) - ポルトガル王
  • カタリナ(夭折)

参考文献[編集]

  • “Nobreza de Portugal e do Brasil” – Vol. I, page 298 and 312. Published by Zairol Lda., Lisbon 1989.