ヘンリー・パーシー (第3代ノーサンバランド伯)

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第3代ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーHenry Percy, 3rd Earl of Northumberland, 1421年7月25日 - 1461年3月29日)は、薔薇戦争期のイングランド貴族である。第2代ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーレディー・エレノア・ネヴィル[1]との息子である。

母方の家系を見ると、叔父には第5代ソールズベリー伯リチャード・ネヴィルがおり、叔母にはセシリー・ネヴィルヨーク公リチャードの妻)がいた。つまりヨーク公の子であるエドワード4世ブルゴーニュ公妃マーガレットクラレンス公ジョージリチャード3世達とは従兄弟姉妹同士であり、彼の血脈はヨーク派と密接な関係があるといえる。

しかしパーシーは父親に従ってランカスター派に忠誠を誓った。さらに1460年12月30日のウェイクフィールドの戦いでは、パーシーはランカスター派について戦っている。彼はタウトンの戦いでランカスター派の前衛を指揮し、そこで戦死している。

死後、ノーサンバランド伯爵位はエドワード4世に取り上げられ、子のヘンリー・パーシーロンドン塔に投獄され、代わりにジョン・ネヴィルに与えられた。

家族[編集]

ヘンリー・パーシーはエレノア・ポイニングズ(リチャード・ポイニングズ卿の娘)と結婚して、2人の子供をもうけている。

ウィリアム・ガスゴイン卿と結婚している。

脚注[編集]

  1. ^ エレノア・ネヴィル:ウェストモーランド伯ラルフ・ネヴィルとその2番目の妻であるジョウン・ボーフォートの娘


イングランドの爵位
先代:
ヘンリー・パーシー
ノーサンバランド伯
1455 - 1461
次代:
ヘンリー・パーシー