ヘルメット (ドイツ軍)

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Stahlhelm.jpg

ドイツ軍のヘルメット(ドイツぐんのヘルメット)は、20世紀以降ドイツ軍で使用された戦闘用ヘルメットについて述べる。

一般的に、プロイセン王国第一次世界大戦まで汎用された「Pickelhaubeピッケルハウベ)」と、その後改良され、ヴァイマル共和政ナチス・ドイツ第二次世界大戦まで汎用された「Stahlhelm(シュタールヘルム)」が有名で「ドイツ軍」「ドイツ兵」と象徴とされている。他国では、この2つ言葉はドイツ語の原語のまま「ドイツ軍のヘルメット」を指す固有名詞として用いられている。

変遷[編集]

第一次世界大戦前[編集]

帝政ドイツでは、建国以来陸軍のヘルメットは「Pickelhaubeピッケルハウベ:槍つき兜)」が用いられてきたが、第一次世界大戦における塹壕戦で、革製のピッケルハウベでは砲弾の破片などから頭部を守ることができず、頭頂部の金属製スパイクが遠距離からも目だって狙撃の標的になりやすいなど、近代戦の戦場に著しく不向きであることが判明した。ドイツ軍は新型の鉄製ヘルメットの開発に着手し、1916年にシュタールヘルムが完成した直後から、急速にピッケルハウベを更新していった。1916年型に続いて、大戦末期には小改良型である1918年型が導入された。

第二次世界大戦まで[編集]

ドイツ語で「Stahlhelm」とは、英語で「Steel Helmet(鋼鉄の)」があたり、鉄製の軍用ヘルメット一般の意味である。第一次世界大戦後の国防軍においてピッケルハウベ型は廃止され、シュタールヘルム型が制式となり、1933年ナチスの政権獲得をはさんで、再軍備宣言がなされた1935年以降の国防軍、また武装親衛隊においても引き続き採用された。再軍備宣言がなされた数ヵ月後に採用された1935年型は、いわば軽量型と言えるもので、それ以前の第一次大戦型シュタールヘルムに比べて周囲のひさし、えり回りを中心に若干小型化されており、これが第二次世界大戦中のドイツ軍シュタールヘルムの標準形状となった。その後、1940年型、1942年型と、材質の変更や生産工程の簡略化などを経ながら第二次世界大戦の終了時まで用いられた。

また、1938年に開発された降下猟兵のヘルメットは、降下作戦時にあちこちに引っ掛ける危険性を少なくするため、標準型のシュタールヘルム型から、ひさしと側・後部のすそを短く切り取ったような形状をしていた。

戦争後半、特に生産力が損なわれた末期のドイツ軍は、各種兵器の簡略化に取り組んでいた。ヘルメットも例外ではなく、1944年ごろ、これまでのシュタールヘルム型の、頭頂部とひさしおよび側・後部の間にあった屈曲をフラットにした、全体として扁平な円錐形のヘルメットが開発された。このヘルメットはシュタールヘルム型より、加工工数が低減されていたが、採用はされなかった。一説には東ドイツの国家人民軍で採用されたヘルメット(下記参照)に影響を与えたといわれる。

第二次世界大戦後[編集]

第二次世界大戦後、西ドイツで編成されたドイツ連邦軍はナチス時代の国防軍との決別、差別化を図るためにアメリカ式のヘルメットを採用した。

1980年代以降、アメリカがシュタールヘルム型の形状に似たPASGTヘルメットを採用し、その後各国が類似のタイプのヘルメットの導入を進めたが、ドイツ連邦軍は自国の過去を連想させることから、しばらく採用は見送られてきたが、その後東西統一をはさんで、1990年代にはドイツ連邦軍でもこのタイプのヘルメットの採用に踏み切った。

この間も西ドイツでは、国境警備隊消防士がシュタールヘルム型のヘルメットを使用していた。また連邦警察の特殊部隊GSG-9では第二次大戦中の降下猟兵のヘルメット(上記参照)に近いものが使用された。

旧東ドイツの国家人民軍の軍服は、西ドイツ軍よりも旧国防軍との連続性が強かったが、ヘルメットの形状にはソ連軍の影響もあると思われる。また一説には旧ドイツ軍で1944年ごろに開発されたヘルメット(上記参照)の影響とも言う[要出典]。いずれにせよ、東ドイツの軍用ヘルメットは着用者の頭から少し浮き上がった形をしている。塹壕へ飛び込むなど激しく動いた際にヘルメットの端を周囲に引っ掛けやすく、首の負傷につながるおそれがあった。そのため、強い力が加わるとヘルメット本体と内装が自動的に外れるよう設計されていた。分離した本体と内装とは簡単に再組み付けできる。

他の国での使用例[編集]

以下、それぞれの国に最初に導入された時代順に述べ、最後に第二次大戦後の動きを概括する。

第一次大戦世界大戦時まで
大戦間期~第二次世界大戦時
  • フィンランド軍では、ドイツ式を含む複数のタイプのヘルメットが混在していたが、第二次世界大戦時にはソ連のと対抗上枢軸側についたことから、ドイツから供給されたヘルメットが標準的な装備となった。[7]
  • アイルランド軍では、旧宗主国のイギリスからの差別化の意図もあり、独立後第二次世界大戦開始前後までドイツ式のヘルメットが導入された。[8]
  • 中華民国国民革命軍は、中独合作により軍服にもドイツ軍の影響が見られたが、その最も顕著な現れの一つがヘルメットであった。日中戦争の開始を経て中独合作が終了した後も、それらが英米から供給されたヘルメットに取って代わられるのにはしばらくの年月を要した。[9]
  • 第一次大戦後のスペイン軍ではドイツのシュタールヘルムに強く影響されたヘルメット[2]が採用され、1931年の共和制以降を経て、36年内戦勃発後も、反乱軍、共和国軍双方で引き続き使用された。うち反乱軍にドイツから直接供給されたシュタールヘルムは、内戦後のフランコ政権下ではスペイン軍の標準的な装備となった。[10]
第二次世界大戦後
  • ドイツの敗戦とともに、またそのマイナスイメージのため、シュタールヘルム型のヘルメットを用いる国は激減したが、オーストリア[11]、フィンランド、スペイン、アルゼンチンといった諸国では、1950~70年代まで実戦装備または礼装用に用いられていた。また南米諸国のうちチリ、ボリビアでは、ピッケルハウベとならんで、礼装用に現在でも使用されている。
  • 東ドイツの国家人民軍で用いられていたヘルメットは、ベトナムキューバニカラグアアンゴラといった諸国にも供給された。
  • 東京消防庁ではシュタールヘルム型を原型としこれにフランス軍のエイドリアンヘルメットと類似した「鶏冠」を追加し金色の塗装を施した消火ヘルメットを使用している。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ うちオスマン帝国軍では、制帽がつばのないフェス帽であったのに合わせて、ヘルメットもドイツのシュタールヘルムからひさしの部分を切り取ったような形状のものが用いられた。なおこのタイプのヘルメットは、第一次大戦後のドイツの政治団体「鉄兜団」の制服にいわば逆輸入された。[1]
  2. ^ ドイツのものに比べると、頭頂部がより丸みを帯び、これとひさしおよび側・後部との間の屈曲が緩やかである。

関連項目[編集]