ヘルマン・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ
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ヘルマン・ベルンハルト・ゲオルク・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ(Hermann Bernhard Georg von Sachsen-Weimar-Eisenach, 1825年8月4日 アルテンシュタイン城 - 1901年8月31日 ベルヒテスガーデン)は、ドイツのザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ家の大公子で、ヴュルテンベルク王国の将軍。
ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・アウグストの末息子カール・ベルンハルトと、その妻でザクセン=マイニンゲン公ゲオルク1世の娘イーダの間の三男として生まれた。イギリス王妃アデレードの甥にあたる。1840年にヴュルテンベルク軍に入隊し[1]、陸軍少将となり、1859年よりヴュルテンベルク軍騎兵師団の師団長に就任した。アレクサンドル・ネフスキー勲章、白鷹勲章、聖イシュトヴァーン勲章、ヴュルテンベルク王冠勲章を受章した。シュトゥットガルトのヴァイマル通り(Weimarstraße)はヘルマンの家名に因んで名づけられたものである[2]。1901年に亡くなり、シュトゥットガルトのプラーグ墓地(Pragfriedhof)に葬られた。
子女 [編集]
1851年6月17日にフリードリヒスハーフェンにおいて、ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世の娘アウグステと結婚し、間に2男4女の6人の子女をもうけた。
- パウリーネ・イーダ・マリー・オルガ・ヘンリエッテ・カタリーナ(1852年 - 1904年) - 1873年、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公世子カール・アウグストと結婚
- ヴィルヘルム・カール・ベルンハルト・ヘルマン(1853年 - 1924年) - 1885年、イーゼンブルク=ビューディンゲン=ヴェヒタースバッハ侯女ゲルタと結婚
- ベルンハルト・ヴィルヘルム・ゲオルク・ヘルマン(1855年 - 1907年) - 1900年にMarie Luise Brockmüllerと貴賤結婚、1905年にエリーザベト・フォン・デア・シューレンブルク伯爵夫人と再婚
- アレクサンダー・ヴィルヘルム・ベルンハルト・カール・ヘルマン(1857年 - 1891年)
- エルンスト・カール・ヴィルヘルム(1859年 - 1909年)
- オルガ・マリー・イーダ・ゾフィー・パウリーネ・アウグステ(1869年 - 1924年) - 1902年、イーゼンブルク=ビューディンゲン=ビルシュタイン侯子レオポルトと結婚
参考文献 [編集]
- Staatshandbuch für das Großherzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach, Weimar 1864, S. 6 (Digitalisat)