ヘルゴラント級軽巡洋艦

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ヘルゴラント級軽巡洋艦
SMS Helgoland Kopie.jpg
写真はヘルゴラント
艦級概観
艦種 軽巡洋艦
艦名 地名
前級 アドミラル・シュパウン
次級 なし
性能諸元
排水量 常備:3,500トン
満載:4,010トン
全長 130.6m
130.6m(水線長)
全幅 12.8m
吃水 5.3m
機関 ヤーロー石炭専焼水管缶16基

+AEG式直結タービン2基2軸推進
(サイダのみMelms-Pfenniger式直結タービン2基2軸推進)
最大出力 25,100hp
最大速力 27.0ノット
航続距離 -ノット/-海里
乗員 340名
兵装 Skoda K11 10cm(47口径)単装砲9基
Skoda 4.7cm(44口径)単装砲1基
6.6cm単装高角砲1基(第一次世界大戦時に追加)
45cm魚雷発射管連装3基(新造時)
53.3cm魚雷発射管連装2基(第一次世界大戦時に換装)
装甲 舷側:60mm(水線部)
甲板:20mm(水平面)、65mm(傾斜部)
主砲防盾:40mm(前盾)
司令塔:50mm

ヘルゴラント級軽巡洋艦 (Rapidkreuzer der Helgoland Klasse) は、オーストリア=ハンガリー帝国海軍軽巡洋艦。同帝国では第一次世界大戦前に最後に竣工した軽巡洋艦である。

概要[編集]

本級は、オーストリア=ハンガリー帝国海軍がイタリア海軍に対抗し、アドリア海等における制海権維持のために建造した巡洋艦である。同帝国海軍においては偵察巡洋艦に類別された。

前級のアドミラル・シュパウンとともに第一次世界大戦期のオーストリア=ハンガリー帝国海軍では最良の軽巡洋艦であり、大戦全期間を通じてアドリア海域各地の機動作戦に使用された。第一次世界大戦を生き残った本級各艦のうち、ヘルゴラントとサイダはイタリアに賠償艦として引き渡され、ヘルゴラントは「ブリンティジ」、サイダは「ヴェネツィア」とそれぞれ改名された。ノヴァラのみはフランスに賠償艦として引き渡され、「ティオンヴィル」と改名された。

艦形[編集]

軽巡洋艦ノヴァラ。

本艦の船体形状は船首楼型船体を採用した。軽構造で全体的に低いシルエットとなっている。船首楼甲板上に防盾のある10cm単装主砲1基を配置し、その後方、司令塔を組み込んだ操舵艦橋と前部マストの直後までが船首楼であった。その背後に4本煙突が等間隔に立ち、付近の両舷は端艇揚収位置となっている。左右の甲板から艦尾甲板まで片舷に単装主砲各4基計8基を配置した。

後部に単脚式の後部マストが立つ。45cm連装魚雷発射管3基は4番煙突の両脇に1基ずつ計2基と後甲板の最後部に1基を配置した。

兵装[編集]

軽巡洋艦サイダ。

本級の主砲には「アドミラル・シュパウン」に引き続きシュコダ社でオーストリア=ハンガリー帝国海軍向けに製造したK11型 10cm(47口径)砲9基を搭載した。この砲は後に自国の駆逐艦タトラ級」の主砲にも採用された。

その性能は、26.2kgの砲弾を用いた場合仰角14度での射程距離11,000mであった。これを防盾の付いた単装砲架で搭載した。旋回と俯仰は主に人力で行われ、砲身の仰角18度・俯角4度で砲架は左右に180度旋回できたが実際は上部構造物により射界に制限があった。発射速度は毎分8~10発だった。

他に対水雷艇迎撃用にシュコダ製4.7cm(44口径)砲を1基搭載した。また、第一次世界大戦時に6.6cm単装高角砲1基が追加された[1]

水雷兵装として当初45cm連装魚雷発射管3基を装備したが、第一次世界大戦時に53.3cm連装魚雷発射管2基に換装された[1]

機関[編集]

本級はヤーロー式石炭専焼水管缶16基とAEG・カーチス式直結タービンを採用2基2軸を組み合わせて最大出力25,100shp、最大速力27.0ノットを発揮した。「サイダ」のみMelms-Pfenniger式直結タービン2基2軸推進で異なっていた。

機関配置は、艦中央部前寄りに缶室、その後方に機械室をそれぞれまとめて配置する形態を採っていた。

同型艦[編集]

  • ヘルゴラント(Helgoland)

フューメ造船所で1911年10月28日起工、1912年11月23日進水、1914年8月29日竣工。イタリアへ賠償艦に指定され1920年9月19日よりイタリア海軍にて「ブリンディシ(Brindisi)」として就役、1929年11月に除籍後解体処分。

  • サイダ(Saida)

CNTモンファルコーネ造船所で1911年9月9日起工、1912年10月26日進水、1914年8月1日竣工。イタリアへ賠償艦に指定され1920年9月19日よりイタリア海軍にて「ヴェネツィア(Venezia)」として就役、1930年3月に除籍後解体処分。

  • ノヴァラ(Novara)

フューメ造船所で1912年12月9日起工、1913年2月15日進水、1915年1月10日竣工。フランスへ賠償艦に指定され1920年9月20日よりフランス海軍にて「ティオンヴィル(Thionville)」として就役、1932年に除籍後解体処分。

脚注[編集]

  1. ^ a b 「世界の艦船増刊第54集 イタリア巡洋艦史」 p.126

参考文献[編集]

  • 「Conway All The World's Fightingships 1906–1921」(Conway)
  • 「Conway All The World's Fightingships 1922-1946」(Conway)
  • 「Jane's Fighting Ships Of World War I」(Jane)
  • 世界の艦船増刊 2010年10月増刊 近代巡洋艦史」(海人社
  • 「世界の艦船増刊第54集 イタリア巡洋艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第50集 フランス巡洋艦史」(海人社)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 'Helgoland' (1911)「ヘルゴラント」のスペックと艦形図があるページ。(英語)
  • Helgoland「ヘルゴラント」のスペックと写真があるページ。
  • Veneziaサイダの「ヴェネツィア」時代の本艦のスペックがあるページ。(イタリア語)