ヘリット・ベルクヘイデ

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ヘリット・ベルクヘイデ
『シント・バフォ聖堂のあるハールレムの広場』
生誕 1638年
ハールレム
死去 1698年
ハールレム
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ヘリット・ベルクヘイデGerrit Berckheyde, Gerrit Adriaensz. BerckheydeもしくはGerrit Adriaenszoon Berckheydeとも。 1638年1698年)は、ハールレムアムステルダムデン・ハーグで活躍したオランダ画家。特に都市景観画で知られている。

生涯[編集]

ヘリット・ベルクヘイデはハールレムで生まれてその地で亡くなった。1638年6月6日に洗礼を受け、[1]兄のヨブ・ベイクヘイデから絵画を学んだ。[2] 画家であり著述家のアルノルト・ホウブラーケンによると、ヨブは父親から製本工になる訓練を受けているが、誰に付いて画家としての修行をしたのかは分かっていない。[2] ヨブの師匠はハールレムの親方であったはずであり、フランス・ハルスであったのではないかと考える人もいるが、ホウブラーケンは、ヨブはライデンユトレヒトの間を旅しつつ、肖像画を描いて自分で技術を高めていったと書いている。1650年代、ヘリットとヨブはドイツのライン川に沿って旅をし、ケルンボンマンハイムを経てハイデルベルクにたどり着いた。[2] 二人はハイデルベルクでカール1世ルートヴィヒのに仕え、その働きからゴールド・メダルを授与された。しかし宮廷での生活になじめなかった二人はハールレムに戻り、二人で工房を構えた。[2]ヘリットは1660年7月27日にハールレムの聖ルカ組合の組合員となった。[3]

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参照[編集]

  1. ^ Gerrit Adriaensz Berkheyde in the w:RKD
  2. ^ a b c d Gerrit Adriaensz Berkheyde Biography in De groote schouburgh der Nederlantsche konstschilders en schilderessen (1718) by Arnold Houbraken, courtesy of the w:Digital library for Dutch literature
  3. ^ De archiefbescheiden van het St. Lukasgilde te Haarlem 1497-1798, w:Hessel Miedema, 1980, ISBN 9064695849