プロヴィデニヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
プロヴィデニヤ
Провиде́ния
Provideniya from sea.jpg
コムソモールスカヤ湾から見たプロヴィデニヤ
位置
ロシア国内におけるチュクチ自治管区の位置の位置図
ロシア国内におけるチュクチ自治管区の位置
座標 : 北緯64度25分24秒 西経173度13分33秒 / 北緯64.42333度 西経173.22583度 / 64.42333; -173.22583
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 自治管区 チュクチ自治管区の旗 チュクチ自治管区
 行政地区 プロヴィデンスキー地区[1]
 都市型集落 プロヴィデニヤ
首長[1] エフゲニー・ヴィクトロヴィチ・ダニルユク[1]
人口
人口 (2002年現在)
  都市型集落 2,723人
その他
等時帯 マガダン時間 (UTC+12)
郵便番号 689250[1]
市外局番 +7 42735[1]
公式ウェブサイト : プロヴィデニヤのウェブサイト

プロヴィデニヤ: Provideniya: Провиде́ния)は、ロシアチュクチ自治管区北東部にある都市型集落ベーリング海峡の向こう側はアラスカ州で、その間を日付変更線が通っている。ロシアの空港で最もアメリカ合衆国に近いプロヴィデニヤ・ベイ空港がある。

工業高校や映画館、郵便局、チュクチ歴史・文化博物館、自治管区に二つあるゲレンデの一つ、港湾施設などがある。人口は2002年全ロシア国勢調査では2,723人、1989年ソ連国勢調査では5,432人。

歴史[編集]

ソビエト連邦時代、フィヨルドの奥地という立地から軍港になった。もともとは1930年代に北極海航路の東端として建設された、アナディリ以東で最大の街であった[1]。港はプロヴィデニヤ湾のなかのコムソモールスカヤ湾(ソビエトのコムソモールにちなむ)に築かれ、その水深はロシア船に適していたが、冬には氷に閉ざされた[1]

地名はロシア語で摂理という意味で、宗教的な意味合いがある。しかし、旧ソ連時代には一度も改称されなかった。市内のウラジーミル・レーニン像も健在である。

住民[編集]

住民の多くはユピック族で[1]、これはプロヴィデンスキーとチュコトスキーの両地区における先住民の割合の高さを反映している。

気候[編集]

極地気候だが、沿岸部に位置するため冬はそれほど厳しくない[1]。夏にはツンドラに色とりどりの花々が咲き乱れる。

交通[編集]

「北極の玄関口」と呼ばれ、ソ連崩壊後はアラスカ州からの観光客が地元経済を支えている。観光客は、ベーリング・エアやアラスカン航空のチャーター便を利用して、アンカレジないしノームからプロヴィデニヤ・ベイ空港に到着する。このうちアラスカン航空は、1990年代までプロヴィデニヤへ定期便を運航していた。とりわけ1988年の親善フライトは、史上初のアメリカの航空会社によるソ連フライトとして知られている。また、アラスカ州のほかにも、チュコタヴィアという航空会社がプロヴィデニヤ - アナディリ便を運航している[2][3]

状態のよくない道路が市街のコンクリートの通りと近隣の漁村を結んでいる[1]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h i j Providensky District - Official Chukotka Website
  2. ^ (ロシア語) Federal State Unitary Enterprise "State Air Traffic Management Corporation", Summer Air Traffic Schedule 25.03.2007 - 27.10.2007 (Airports - Russian domestic), 29 May 2007, p. 57
  3. ^ (ロシア語) Flight schedule from Provideniya Bay”. Polyot-Sirena. 2007年8月20日閲覧。

外部リンク[編集]