プロヴァンス級戦艦

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プロヴァンス級戦艦
写真は近代化改装後のプロヴァンス
艦級概観
艦種 戦艦
艦名 地名
前級 クールベ級戦艦
次級 ノルマンディー級戦艦
性能諸元
排水量 基準:27,340トン
常備:23,230トン
全長 165.81m
164.9m(水線長)
全幅 26.911m
吃水 9.0m(竣工時)、9.8m(1933年)
機関 ベルヴィール式石炭専焼水管缶18基
(ブルターニュはニクローズ式24基、
ロレーヌはギョ・ド・タンブル式24基)
パーソンズ直結型タービン(低速・高速)2組4軸推進
(1933年:
インドル式重油専焼水管缶6基+パーソンズ式ギヤードタービン4基4軸推進)
最大
出力
29,000hp(1933年:43,000hp)
最大
速力
20ノット(1933年:23.7ノット)
航続
距離
10ノット/4,700海里
(1934年:10ノット/3,500海里)
乗員 1,124名(竣工時)、
(1934年:1,133名)
兵装
(竣工時)
M1912型 34cm(45口径)連装砲5基
M1910型13.9cm(55口径)[速射砲|単装速射砲]]22基
47mm(60口径)高射機関砲4基
45cm水中魚雷発射管単装4基
機雷30個
兵装
(1934年)
M1912型 34cm(45口径)連装砲5基(ロレーヌは4基)
M1910型 13.9cm(55口径)単装速射砲14基
M1922型 7.5cm単装高角砲8基(ロレーヌはM1930 10cm(45口径)連装高角砲4基)
M1929 13.2mm四連装機銃3基
装甲 舷側:270mm(水線部)、160~250mm(舷側部)
甲板:115(30+40+45)mm
主砲塔:400~250mm(前盾)
パーベッド:270mm(最大厚)
司令塔:314mm(側盾)
水上機 (1933年:水上機4基、カタパルト1基(ロレーヌのみ))

プロヴァンス級戦艦(-きゅうせんかん、Classe Provence)は、フランス海軍が建造した最初の超弩級戦艦の艦級である。

概要[編集]

前級「クールベ級」の改良版として設計されたため、船体構造の大部分が同一である。相違点は、前級で船体中央部に設けられた単脚檣の位置が煙突の背後から前へ移動したこと、主砲口径を30.5cmから34cmにアップした関係で砲塔数が6基から5基に減少したことが挙げられる。これにより火力で隣国ドイツで主流だった12インチ砲戦艦に対し優位に立ったと見ることも出来たが、本艦が竣工した時には世界が超弩級戦艦時代に突入し、英独では15インチ(38.1cm)砲を採用していたため、戦力的価値が低いと評価された。ただ、水雷防御の充実等と次世代へ続く先進性も見られた。

艦形[編集]

竣工当時の本級の武装配置と防御配置を示した図
竣工当時の本級の艦内配置を示した図

本級の船体は前級に引き続き長船首楼型船体で、垂直に切り立った艦首形状を持っていた。前弩級戦艦時代のフランス戦艦伝統の「グランド・テル」と形容される複雑な艦上構造物はなりを潜め、装甲司令塔と煙突と単棒檣の前後マストと砲塔以外はない、簡潔でいて重厚な外観となっていた。

「カネー Model 1912 34cm(45口径)砲」を連装砲塔に収めて1番・2番主砲塔を背負い式に2基、装甲司令塔を組み込んだ操舵艦橋の背後に簡素な単脚式の前部マストが立つ。煙突の本数は前級の3本から1本減った2本煙突だが、船体中央部に3番主砲塔を配置した関係によりボイラー室を分散配置したために1番煙突と2番煙突との間隔がより離された。2番煙突の両脇に艦載艇揚収用のクレーン、後部艦橋に組込まれた単脚式の後部マスト、後部甲板上に後向きに4番・5番主砲塔を背負い式に2基配置した。

本級の副砲である「カネー Model 1910 13.9cm(55口径)速射砲」は前級同様に複数の単装砲を分散配置したが、前級と異なり首尾線方向の火力よりも縦列陣形時の片舷斉射門数を重視していた。1番2番主砲塔の間に2基、艦橋の側面に2基、3番主砲塔の側面に3基、2番煙突の側面に2基、4番・5番主砲塔の側面に2基ずつの片舷11基の計22基を配置した。 この武装配置により前方向に34cm砲4門・13.9cm砲4門、左右方向に最大で34cm砲10門・13.9cm砲11門、後方向に34cm砲4門・13.9cm砲4門が指向できた。

主砲[編集]

写真はプロヴァンスの34cm(45口径)連装砲塔2基

本級の主砲には新設計の「1912年型 34cm(45口径)砲」を採用した。その性能は重量555kgの砲弾を最大仰角12度で14,500mまで届かせることが出来るこの砲を前級と同じく連装砲塔に収めた。主砲身の俯仰・砲塔の旋回・砲弾の揚弾・装填は主に電力で行われ、補助に人力を必要とした。砲身の俯仰能力は仰角12度・俯角5度であるが、後述する近代化改装や砲弾の更新により最終的に最大仰角23度まで引き上げられ、重量砲弾化された575kgの砲弾を最大射程26,600 mまで届かせることができた。砲塔の旋回角度は1番・2番・4番・5番主砲塔は船体首尾線方向を0度として左右150度の広い旋回角度を持っていたが、前後を煙突に挟まれた3番主砲塔のみ前方向に30度の死角があった。改装前も改装後も発射速度は毎分2発である。

副砲、その他備砲等[編集]

副砲は前級に引き続き「カネー Model 1910 13.9cm(55口径)速射砲を採用した。その性能は重量39.5kgの砲弾を仰角25度で16,100mまで届かせることができた。 砲身の俯仰能力は仰角25度・俯角7度で、旋回角度は左右160度の旋回角度を持っていた。装填形式は自由角度装填で、発射速度は人力装填のため毎分5~6発であった。これを舷側ケースメイト(砲郭)配置で片舷11基ずつの計22基を配置した。その他に対水雷艇用に47mm単装速射砲を7門、対艦攻撃用に45cm魚雷を発射できる水中魚雷発射管を単装で4基を装備した。45cm魚雷の射程は射程5500mでこれを24本搭載した。他に航路閉鎖用に機雷30発を搭載・投下できた。

竣工後の近代改装において艦首部の副砲4基と45cm魚雷発射管4基を撤去して浮いた重量で対空兵装として「Model 1927 7.5cm(60口径)高角砲」が採用された。この砲はロングセラーで、続く「シュフラン級」と戦利巡洋艦にも搭載された。その性能は重量5.93kgの砲弾を仰角40度で14,100mまで、最大仰角90度で高度8,000mまで届かせることができた。 砲身の俯仰能力は仰角90度・俯角10度で、旋回角度は左右150度の旋回角度を持っていたが実際は遮蔽物に制限された。装填形式は自由角度装填で、発射速度は人力装填のため毎分8~15発であった。これを単装砲架で片舷4基ずつの計8基を装備した。なお、「ロレーヌ」のみ3番主砲塔を撤去して跡地を水上機格納庫とした時に高角砲は新型艦のテストとして「1930年型 10cm(45口径)高角砲」を採用していた。その性能は重量13.5kgの砲弾を仰角45度で射程15,900m、最大仰角80度で10,000mまで届かせることが出来た。俯仰能力は仰角80度・俯角10度で旋回角度は160度の旋回度を持っていた。発射速度はどの仰角や旋回角でも毎分10発である。これを連装砲架で片舷2基ずつ計4基を水上機格納庫の側面に配置した。

防御[編集]

防御方式はクールベ級と同じく全体防御方式を採用しており、水線部に艦首から艦尾部までの舷側全体に装甲が張られた。水線中央部の1番から5番主砲塔の間が270mm、艦首・艦尾部では180mmであった。当時の水雷防御として水線下の水密隔壁に8mm装甲板が張られた。 また、最上甲板の中央舷側部には1番主砲塔側面から5番主砲塔側面にかけて180mmの装甲が張られており、副砲ケースメイト部は重防御であった。主砲塔の前盾には400mmから250mmもの装甲が張られ、バーベット部も270mmである。 甲板部の水平防御は日露戦争時の戦訓を取り入れて三層全ての甲板に装甲が施され、船首楼甲板:30mm、第一甲板:40mm、主防御甲板は傾斜部が70mmで平坦部は45mmである。艦底部は舷側バルジからのばされた二重底でありこの時代の水雷防御として同時期トップクラスの防御を持っていた。


艦歴[編集]

第一次世界大戦では大きな海戦に参加することは無くイギリス海軍と共同の船団護衛作戦と海峡封鎖作戦に従事し、海軍休日中に前述の大小の近代化改装を受け、イタリア海軍の弩級戦艦への抑止力として働いた。

竣工後の第一次改装[編集]

1916年の竣工後の1919年~1920年にかけて第一次近代化改装を行った。外観上最も目立つ変更点は、単脚式の前部マストを三脚式に改良した点で、これに伴い三脚檣基部の艦橋フラット部を二層から三層構造に変更し、装甲司令筒の天蓋部にビッカーズ式射撃指揮装置を装備した。煙突は艦橋側の1番煙突を高くして煤煙の逆流を防ぐと共に排気効率を向上させた。また主砲塔の仰角を12度から18度へ上げ、最大射程を14,500mから21,000mへと伸ばした。

竣工後の第二~四次改装[編集]

近代改装後のプロヴァンス

続く1923年~1929年にかけて第二次近代化改装を行った。前部マストの頂上部に円筒形の装甲指揮所を設け、最上部に基線長4.57m・タイプC型二連測距儀を中心に、射撃指揮装置を国産のローラン・パスキエル式主砲・副砲兼用型射撃指揮装置に更新した。また、この頃に主砲弾を1912年型から重量化砲弾とした1924年型に更新し、575kgの重量弾となった。

更に1931~1932年の第三次改装で改装内容は攻防走全ての面に及んだ。主砲塔の仰角を23度へ引き上げて更なる射程距離の延伸を計り、射程を26,600mに伸ばした。主缶の一部を重油専焼缶に更新されたが、主缶全てが重油専焼缶に更新されるのは1934年の第四次改装になってからで最大出力は29,000hpから43,000hpへと増加し速力も20ノットから23.7ノットへと増加した。この時に艦載艇揚収クレーンを大型化して水上機を吊り上げやすくした。この改装で対空兵装も強化され、プロヴァンスとブルターニュは新開発の「1927年型 75mm(50口径)高角砲」を採用し、これを3番主砲塔の側面の甲板上に片舷4基ずつ計8基を搭載、それと近接対空用に「1929年型 13.2mm(76口径)機銃」を4連装砲架で3基が搭載された。なお、ロレーヌのみ高角砲は新型艦のテストとして「1930年型 10cm(45口径)高角砲」を採用していた。これを連装砲架で片舷2基ずつ計4基を水上機格納庫の側面に配置した。

第二次世界大戦[編集]

フランス艦隊の配置を示した地図。大西洋岸のダカール、地中海側のアルジェリア、右側に英国艦隊の主力が駐留していたアレキサンドリア。

本級は第二次世界大戦においてイタリアの参戦後はイタリア海軍への備えとして「ロレーヌ」をアレキサンドリアに派遣、アルジェに「プロヴァンス」「ブルターニュ」の2隻が配置された。ロレーヌはイタリア参戦直後にバルディアを砲撃実施している。

だが、フランスが早期にドイツと休戦したため、フランス海軍はドイツから接収を受けないように本国以外の植民地に主力艦を待機させていたが、そのうちの主力の一部はドイツの手に落ちることを恐れたチャーチルにより、1940年7月、現在のアルジェリアのメルセルケビールにおいてイギリス海軍からの攻撃を受けた。

英国艦隊より攻撃を受ける「ブルターニュ」。

この海戦により「ブルターニュ」は北アフリカ・メルセルケビール港にて英艦隊の攻撃を受けて戦没したが、「プロヴァンス」は英艦隊へ果敢に応戦して中破したが浅瀬に故意に座礁させて喪失を防いだ。後に応急処置後に離礁されてトゥーロンに帰還して修理を受けてヴィシー・フランス海軍にて復帰している(メルセルケビール海戦)。一方、アレキサンドリアに派遣されていた「ロレーヌ」は主砲を向ける英国艦隊の前で水兵達が戦争で汚れた甲板磨きを行うパフォーマンスで場を和ませ、英仏艦隊司令長官同士の話合いにより平和裏に武装解除が行われた。

その後、ただ一隻「ロレーヌ」だけは1943年7月自由フランス海軍に所属し大西洋を中心に活発に活動を行った。1944年6月に発動されたノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)に自由フランス海軍は「ロレーヌ」を旗艦として軽巡洋艦8隻と共に参加しドイツ陸軍へ向け艦砲射撃を加えた。更に同年12月から「ロレーヌ」と重巡洋艦(「デュケーヌ」「トゥールヴィル」「シュフラン」等)を基幹とする自由フランス海軍機動部隊が編成され、未だドイツに占領されている港湾に攻撃を加えた。「ロレーヌ」はフランス開放まで戦いぬいた。

関連項目[編集]

参考図書[編集]

  • 「世界の艦船増刊第22集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第83集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第38集 フランス戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第17集 第2次大戦のフランス軍艦」(海人社)
  • 「Conway All The World's Fightingships 1906–1921」(Conway)
  • 「Conway All The World's Fightingships 1922-1946」(Conway)

外部リンク[編集]