プロポーズ大作戦 (バラエティ番組)

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プロポーズ大作戦
ABCホール.JPG
番組の公開収録が行われたABCホール
(写真は2008年のもの)
ジャンル 恋愛バラエティ番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 ABCテレビ
製作総指揮 馬場淑郎
演出 岡野均
プロデューサー 西村嘉郎
出演者 横山やすし
西川きよし

桂きん枝 ほか
音声 モノラル
オープニング キダ・タロー『プロポーズ大作戦メインテーマ』
1973年4月から同年12月まで
放送時間 毎週月曜 23:30 - 24:00(30分)
放送期間 1973年4月2日 - 同年12月24日
1974年1月から1975年11月まで
放送時間 毎週土曜 23:15 - 24:00(45分)
放送期間 1974年1月19日 - 1975年11月22日
1975年12月から1985年3月まで
放送時間 毎週火曜 22:00 - 22:54(54分)
放送期間 1975年12月2日 - 1985年3月26日

特記事項:
番組開始から1975年11月までは関西ローカル番販ネットされた地域あり)。1975年12月から最終回まで全国ネット
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プロポーズ大作戦』(プロポーズだいさくせん)は、1973年4月2日から1985年3月26日まで朝日放送ABCテレビ)で放映された公開恋愛バラエティ番組である。司会を横山やすし西川きよし桂きん枝が務めた。

なお、1983年にきん枝が不祥事を起こし、師匠の桂小文枝(のち5代目桂文枝)から破門され番組を降板(1年間)した際には桂文福が代役を務めた。

目次

[編集] 番組概要

スタート当初は関西ローカルの深夜番組(30分枠)だったが、一部のTBS系列局や関東の独立U局番組販売ネットされていた。この当時ABCはTBS系列だったが、TBSでの放送はなかった(TBSが余りにも関西の色が強すぎると同局での放送及び全国ネット化に難色を示したという)。

その後、毎日放送(MBS)とのネットチェンジ(腸捻転解消)により、テレビ朝日(当時・日本教育テレビ=NET)系列へネットチェンジ後の1975年12月2日から同系列を中心に全国ネット化、プライムタイム枠に昇格して放送され、放送時間も1時間に拡大された。

キダ・タローの作曲による番組テーマ音楽も視聴者に長年親しまれた[1][2]

ABCホールでの公開放送だった。

80年代頃の筆頭スポンサーはロッテで、他は複数社の提供である。

[編集] 主なコーナー

番組は大きく分けて2部構成であった。なお、30分番組時代には、以下に述べる「前半」部分のみの番組だったが、1時間に拡大した際に、「中間」「後半」部分がそれぞれ付け加えられた。

前半は、「目当てのお相手」との出会いを求めて番組に応募してくる視聴者の依頼に答えて、スタジオでの「ご対面」を実現させるというコーナーだった。

ここでの依頼は、「お相手」が「通勤時にいつもすれ違う」など、どこの誰かが分からないので探して欲しいというものと、「取引先の受付嬢」など、どこの誰かは分かっているが、直接告白するきっかけがないので、番組をきっかけにして気持ちを伝えたいというものに二分された。

コーナーの進行としては、最初に、司会者と依頼者がトークを行い、「見かけたきっかけ」や「お相手」に対する熱い思いなどを聞き出した後、やすしの「神の御前にて身を委ねたる、○○殿の願いを叶えたまえ~」という台詞とともに、「お相手」がステージのカーテンから登場するというのが、基本的なパターンだった。また、「お相手」の登場後には、キューピット役のきん枝が、「お相手」のプロフィールの紹介や、見つけ出すに至った経過の報告があった。

さらに、司会者、キューピット、依頼者、「お相手」によるトークの後、依頼者から「お相手」に対する告白タイムが設けられていた。

ただし、「情報が少なすぎる」「相手は判明したが、番組収録日までに連絡が取れなかった」「出演拒否」などの事情により、「お相手」が登場しない場合もあった。この場合には、カーテンは開かずに横からキューピットが出てきて、「経過の報告」や「出演拒否理由の説明」が行われた。また、「出演したいが、番組収録日に会場に行けない」などの場合には、キューピットが「お相手」の自宅などを訪問した風景を収録したビデオが流されることもあった。

ちなみに、番組開始から数年経過後からは、「恋の相手」ではなく、「20年前に生き別れた父親に会いたい」などという、純然たる「人探し」の依頼も受けるようになった。その場合、事情があって相手がカメラの前に立つことができず、カーテンを開けずにその裏で対面を果たす、ということもあった。

中間部は今回のゲストに関するコーナーで、ゲストが街であっち向いてホイをやり、ゲストに勝った人はカードを引いて出た事を行う「スターが挑戦!アッチャムイテホイ」や、ゲストが何かやっているVTRを見せ、観客から募った3名がゲストは誰かを解答する「スターWho's Who」などが行われた。その後、ゲストの歌となり、後期からはそのゲストは後半の見物もする。

  • なお稀に、歌手でなくコメディアンがゲストとして登場し、歌抜きで後半へ行くケースも有った。ある回では桂三枝がゲストとして登場したため、きよしは「なんでオッサンが出てくるんや!?」と発言した。

そして後半は「フィーリングカップル5vs5」と題され、大学生が学校対抗形式で、それぞれ男性チーム・女性チームに分かれて5人ずつ登場し、集団お見合いをさせるというコーナーである。参加者はお気に入りの相手を第一印象で選んだ上で、それぞれの個性や学校生活などについて自由に話を持つ。そして最終的に出演者の目前にある大型テーブルを使って判断をし、両想いになるとカップル成立と判断するものであった。番組初期の頃は紐くじ方式で、カップル成立か否かを判断していた。番組中期から使用されていた、ある意味番組の象徴とも言える電光掲示による大型テーブルは、番組終了まで途中リニューアルされながら使われていたが、番組終了後は倉庫に保存される事も無く解体された。なお、このコーナーは東京・大阪のネットの腸捻転解消後を機に1時間に放送時間が拡大された際に設けられたものであり、同時にカップル不成立ジングルは『霊感ヤマカン第六感』でも使用される。

カップル成立・不成立の結果を見るときは、きよしが「音楽スタート!」と叫んでから行っていたが、その前に代表者1名の結果を見るのがパターンだった。その見方は、代表者が選んだ相手に直接ラインが行く(この時やす・きよは「♪ジャ〜ンジャジャジャジャ〜ン!」と歌っていた)方式だったが、後に1人ずつラインが出る物と、一斉に放射状にラインが出るのが追加された(なお後者は、途中で意地悪く一旦止めるのがしばしば有った)。

そしてカップルが成立したら、そのカップルにインタビューをした後、「儀式」と称して男性から女性へのキスとなる。そのキスの場所は女性が決めるのだが、時によって「おまかせ」として男性の自由となる時も有った。これが好評なので、後期からは観客が「おーまかせ!!おーまかせ!!」と叫ぶ様になった。

電光掲示テーブルの導入については、紐くじ方式を引き続き使用する予定であったものが「プライムタイムに全国ネットで放送される番組で安っぽいセットを使うわけにはいかない」と考えたスタッフが予算オーバー覚悟で導入したものであり、当時の在阪局制作の番組としては異例といえるセットであったという逸話がある。また、紐くじでは引っ張った際に紐が絡んだり、切れてしまったりするアクシデントがあり、判定の見苦しさを解消する目的もあったという。

大学対抗がメインだが、男子は大学生で女子は芸能人選抜チームという企画があり、当時のアイドル歌手が出演したことがあった。また年に1回程、小学生以下の児童による「子供大会」もあり、大学対抗とは違った面白さが大人の視聴者にも好評であった他、子供達に優しく接する横山やすしの姿が見られたりした。

数年に1回、パーフェクト達成(全員、つまり5組のカップルが誕生する)があったり、全滅(5組ともカップル不成立。ボード上は破れたハートが表示される)もあった。なおカップルにはそれぞれ自転車が賞品として与えられるが、全滅の時は、2台有る自転車の内1台は観客にその場で抽選して与え、もう1台は視聴者行きとなった。その時は、必ず葉書に司会者が言う「合い言葉」を書く事になっていた(「合い言葉」を書かないと無効)。

末期になると、途中で「体力測定」と称し、チーム全員が様々な体力ゲームを行ったVTRが流された。

[編集] 番組の終焉

1982年頃から番組がマンネリ化し人気に陰りが見え始める。ここへ立ち向かって来たのが、同じ大阪の放送局の毎日放送(MBS)と関西テレビ(KTV)と同時間帯にドラマを制作していた日本テレビ(NTV)だった。

かつて、MBSも吉本の演芸中継などを放送したが、ことごとく失敗。そこで当時大阪で人気だった笑福亭鶴瓶を司会に起用した関西ローカルの『突然ガバチョ!』をスタート(MBSのキー局であるTBSは『そこが知りたい』を放送)。さらに関西テレビ・フジテレビ系も『影の軍団』などの時代劇を放送。日本テレビ・よみうりテレビ系も『火曜サスペンス劇場』をスタートをさせ、次第に人気が上っていく。3つの裏番組が上昇して来たことで、人気が下降、リニューアルを図ったものの、視聴率回復はならなかったことと急激な恋愛事情の変化もあり結局、1985年3月26日に番組は関西ローカル時代から数えて12年間の歴史に幕を下ろした。

最終回はサヨナラスペシャルと題し、過去の秘蔵映像が流され、エンディングでは、ザ・お葬式と題して、番組で使われていた小道具が特別に作られた専用ボックスに収められ、番組を締めくくった。さらに4日後には同じ恋愛バラエティ番組の『パンチDEデート』(こちらは関西テレビ制作で同じく西川きよしが司会を務めた)も終了した。

[編集] 番組終了後

後継番組は、桂文珍が司会を務めた『パーティー野郎ぜ!』がスタートしたが、視聴率が芳しくなかったことと放送枠の22時台にテレビ朝日系が報道番組ニュースステーション(現『報道ステーション』)』を立ち上げることになったため、わずか半年で打ち切られた。

さらにその後は木曜20時枠→火曜21時枠→日曜20時枠(正確には19:56スタート)と3度渡り歩き、2009年4月からの『大改造!!劇的ビフォーアフター[3]に引き継がれる。

[編集] 映像の保存状況

番組が放送された昭和50年代はVTRテープがまだ2インチ規格で高価・操作頻雑だったうえ、著作権法の影響、何よりも視聴者参加型番組だったことなどで番組の資料保存が大きく制約されていたことから、放送された番組の映像で、現存しているものは20-30本(回)程度である。

[編集] 備考

  • 代理の愛のキューピット役に、明石家さんまやきん枝の母が出演したことがある。尚、さんまは正式に愛のキューピット役就任のオファーが有ったが、担当した際に感じたロケ取材の煩わしさなどを理由に固辞したと本人のラジオで語っている。
  • 1983年には高田みづえがレギュラーに加わった。高田降板後の1984年からは斉藤ゆう子がレギュラーに加わり、番組後期から構成に参加していた作家の東野博昭とこれが縁となり結婚した(後に離婚)。
  • 番組終了5年後に『合コン!合宿!解放区!』がスタートした。
  • 対面のコーナーで、依頼者のどんなあいまいな情報からでも目的の人物を見つけ出す手法が、後の『探偵!ナイトスクープ』に生かされたと言われている。
  • 本番組をネットしなかったTBSだが、ネットチェンジ後になって同局の人気番組「8時だョ!全員集合」の後半コントで本番組をネタにしたことがある。オープニングのクレジットにはきちんと朝日放送の協力が入っていた。
  • この番組のオープニングクレジット映像のバックに流れたテーマ曲は、キャンディーズが歌うラッキーチャンスを逃がさないで」(サブタイトルは「プロポーズ大作戦のテーマ」)である。この曲は、1978年4月にキャンディーズが解散してからも、1985年3月に番組が終了するまでの間、オープニングクレジット映像でのテーマ曲として使用された。なお、この曲は、当時はシングル化されていなかったが(ただし、アルバム「春一番(シングルとしてリリースされ大ヒットした同名タイトル曲を含めたアルバム)に収録されていた)、その後、CDで発売されたキャンディーズのベスト盤アルバムなどに収録されている。
  • 番組終了から数十年経った今もなお、他のバラエティ番組にてパロディにされることも多く、同じ朝日放送制作の番組「笑いの金メダル」ではお笑い芸人と女性タレント間での「フィーリングカップル5vs5」を行いBGMも同じ物を流用していた。
  • 日本テレビで2008年7月から9月まで放送されていたドラマ「学校じゃ教えられない!」の初回では、当番組の映像が使われていたほか、「フィーリングカップル5vs5」のコーナーのマネもしていた。
  • 2009年にはキリンビールビアテイストノンアルコール飲料FREE」のCMソングとしてこの番組のテーマをリアレンジしたものが使用されている。
  • 司会のきよしは同局の「霊感ヤマカン第六感」に解答者で出演した際、霊感ゲームの問題できよしに対して「プロポーズ」が出題された。
  • 2011年9月には本番組をイメージした「びっくりぱちんこプロポーズ大作戦」(京楽産業.)が導入された。公式サイトやポスターには「プロポーズ大作戦」が朝日放送の商標である旨が記されている。
  • テレビ朝日・ABC系で放送されているバラエティ番組「ロンドンハーツ」のコーナー、「究極恋愛シミュレーション ラブマゲドン」はこの番組の類似企画だが、男8対女7と男性側が1名多い(つまり最終的に1人が取り残される)。

[編集] スタッフ

[編集] 放映ネット局

[編集] 脚注

  1. ^ フジテレビ系『ダウンタウンのごっつええ感じ』で松本人志横山やすしのパロディコントをする際、テーマ音楽に「おっこる〜でしかし〜、正味の話〜♪」と歌詞を付けて歌っていた。
  2. ^ 2009年より麒麟麦酒「キリンフリー」のCMソングとして使用されている。
  3. ^ 日曜20時枠では2002年4月から2006年3月まで既に第1シリーズが放送されているため、2009年4月から放送するのは第2シリーズである。
  4. ^ 全国ネット化前は1975年4月-8月の間、金曜9:30-10:00に放送されたこともあり
  5. ^ この時期まではNST、BSN両局とも番組一本買いだった
  6. ^ ここから、正式にビデオ送りネットとなり、スポンサーもつく様になる
  7. ^ 新潟総合テレビでの約1週間の遅れ分を取り戻す為、開局前のサービス放送開始時より大阪・東京と同時ネットになる

[編集] 外部リンク

朝日放送制作・NET→テレビ朝日系列 火曜22時枠
【当番組よりバラエティ番組枠】
前番組 番組名 次番組
TOKYO DETECTIVE
二人の事件簿

(ここまでドラマ枠)
プロポーズ大作戦
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