プロコピウス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

プロコピウス(Procopius, 326年 - 366年5月27日)は、4世紀のローマ帝国における東方の帝位簒奪者(在位:365年 - 366年)。ユリアヌス帝の親類(ユリアヌス帝と同じく、コンスタンティヌス1世の甥)。

略歴[編集]

ユリアヌス帝の死後、東方で反乱を起こしてコンスタンティノポリスを包囲した。しかし、部下のゲルマン人将軍の裏切りにあって反乱は失敗、その後捕らえられ、処刑された。

後裔[編集]

422年から424年に東方軍区長官(magister militum per Orientem)を務めたプロコピウス、その息子で西ローマ帝国皇帝となったプロコピオス・アンテミウスは後裔(アンテミウスはホノリウスから数えて、9人目の西ローマ皇帝)。当然ながら、アンテミウスの4男1女の子供達(アリピア、アンテミオルゥス、マルキアン、プロコピオス・アンテミウス、ロムルス)も後裔である。アリピアは後に西ローマ帝国の影の実力者リキメルと結婚した。