PlayStation (ゲーム機)
PlayStationとコントローラ
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| メーカー | ソニー・コンピュータエンタテインメント |
|---|---|
| 種別 | 据置型ゲーム機 |
| 世代 | 第5世代 |
| 発売日 | |
| CPU | MIPS R3000A 33.8688MHz |
| 対応メディア | CD-ROM XA、CD-DA |
| 対応ストレージ | メモリーカード |
| 外部接続 | シリアルポート パラレルポート(SCPH-7500まで) |
| 売上台数 | |
| 最高売上ソフト | |
| 互換ハード | PS one |
| 次世代ハードウェア | PlayStation 2 |
PlayStation (プレイステーション)とは、1994年12月3日に株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)より発売された家庭用ゲーム機である。
目次 |
概要 [編集]
R3000を独自にカスタマイズしたものをメインCPUに採用。また3DCGの描画を支えるベクトル演算専用LSI (GPU) を別途搭載するなど、当時としては高性能で、ポリゴンによる3Dグラフィックスを比較的簡単にプログラミングできることを特徴とする。開発コードネームは「PS-X」。
ソフトウェア媒体として採用したCD-ROMは従来の家庭用テレビゲームで用いられていたROMカートリッジと比較してデータへのアクセス速度が劣るが(ローディング時間が生ずる)、大容量、低価格、量産時間の短縮といった利点があり、コンピュータゲームの表現方法から流通にまで幅広く影響を与えた[1]。
業務用ビデオゲームの分野でポリゴンによる3Dグラフィックスのゲームタイトルが流行の兆しを見せ、従来の2Dグラフィックスのゲーム機においても一部で3Dを指向したゲームソフトが出始めていた時代に、リアルタイム3DCGを家庭に持ち込み、ローンチタイトルである『リッジレーサー』や初期に発売された『闘神伝』といったゲームタイトルにより、3Dゲームの方向性を示した。また『ファイナルファンタジーVII』を代表とする3DCGムービーを多用した物語性の強いゲームソフトが新しいジャンルとして台頭してきた。その結果、同時期に発売された株式会社セガ・エンタープライゼス(現・株式会社セガ)のセガサターンや、1980年代以降ゲーム機市場を独占していた任天堂株式会社が約1年半後に発売したNINTENDO64等と市場競争を繰り広げ、最終的に主導権を握った。結果として本機の成功で初めて任天堂独占状態を崩すライバルメーカーとしての快挙を成し遂げSCEはゲーム機の世代にして2世代、年数にして10年以上の間、覇権を取った。
2000年3月4日には次世代機であるPlayStation 2が、また同年7月7日には本体をスリム化したPS oneが発売された。
命名 [編集]
仕事で使うコンピュータを「ワークステーション」と呼ぶことに対して、遊びで使うコンピュータという意味で「プレイステーション」に決めたというのが名前の由来とされている。ユーザー間では「プレステ」と略されることが多いが、CMや自社製品内での記載では一貫して「PS(ピーエス)」と略されている。週刊ファミ通の記事によると盛田昭夫がプレステの「ステ」が「捨て」に通じることを避けさせた[2]。
本来、プレイステーションは後述のスーパーファミコン互換のCD-ROMゲーム機で使われる予定だった名称であり、これを流用したものである。頓挫した商品と同一名は縁起が悪いという意見もあったが、既に全世界ベースで商標権を登録しており、新しい商標にするには調べるだけで半年かかるためそのまま同一のプレイステーションの名称が採用された[3]。
開発史 [編集]
スーパーファミコンにPCM音源を提供する事業の仕掛け人だった久夛良木健(当時情報処理研究所所属)が、同事業に引き続き、任天堂のスーパーファミコンのCD-ROMドライブ拡張機器「スーパーファミコン CD-ROMアダプタ」の共同開発事業の約束を取り付けたのに端を発する。当時ソニー内では「ソニーのイメージを損なう」としてゲーム事業への進出に反対する社員が多く、久夛良木自身も「異端児」と呼ばれていた。この事業にゴーサインを出したのが当時社長の大賀典雄である。
1989年10月から共同開発が始まり、翌1990年1月には大賀典雄(ソニー)と山内溥(任天堂)の間で両社の締結を確認する合意文書が作られた。開発コードネームは「プレイステーション」[4][5]。
ソニーはスーパーファミコンとCD-ROMの一体型マシンを発売することになり、CD-ROMアダプタは玩具流通で任天堂ブランドで発売し、プレイステーションは家電流通によりソニーブランドで発売する計画で、プレイステーションの価格は49800円を予定していた[6]。スーパーファミコンCD-ROMソフトはスーパーディスクと名付けられ、任天堂ではなくソニーがライセンスを有した。当時のコンシューマー機はゲームソフトをROMカセットで提供する事が主体であり、CD-ROMは付属的な立場のメディアとして認識されていたため、任天堂はCD-ROMの権利を重視していなかった。しかし、任天堂米国法人社長だった荒川實がアメリカのコンピューター業界でのCD-ROMの躍進ぶりを目の当たりにしており、この契約のままだと任天堂がソニーの従属的立場になると危機感を抱き、山内溥にソニーとの提携を止めるように口説いたとされている[7]。
1991年6月のシカゴでのコンシュマー・エレクトロニクス・ショーにおいて、ソニーがプレイステーションの試作機を発表するものの、任天堂はソニーとの共同開発計画ではなく、フィリップスとの提携と、CD-iでのゲーム開発を発表。交渉の中心となったのは任天堂米国法人であった。フィリップスによるスーパーファミコンCD-ROMは任天堂がライセンスを持ち、同社のソフト管理システムを維持する契約内容であった[8]。
ソニーは抗議したものの、任天堂の言い分は「契約は生きており、ソニーが「スーパーファミコン CD-ROMアダプタ」を発売するのは構わないが、任天堂は別の規格を採用する」というものであり[9]、その後も粘り強く交渉が続けられたものの任天堂の決定は覆らなかった。
ソニーだけの規格では市場が広がらないと判断されたことから、スーパーファミコン互換機は開発を中断することになり、既にゲームソフトの製作を進めていたソニー・ミュージックエンタテインメントは、マーク・フリントによる『フォルテッサ』(5億円を投じていた)、『沈黙の艦隊』『フック』などを没企画にし、15億円の損失を出したとされる[10]。
これらの騒動により、久夛良木ら開発陣は社内での居場所を無くすが、大賀典雄の判断により、ソニー・ミュージックエンタテインメントのゲーム部門に一時的に避難させられることになった。
1992年6月24日のソニーの経営会議で、ゲーム事業への進出の是非が議論になり、会長の大賀典雄を除く全役員が反対意見を投じる中、経緯説明のために会議に参加した久夛良木が、「我々は本当にこのまま引き下がっていいんですか。ソニーは一生、笑いものですよ」と役員に食ってかかり[11]、試作品はほぼ出来上がっている事を公表。最終的に大賀が「Do it!」とゴーサインを出し、ゲーム事業への進出を決断した。
なお、大賀はプレイステーション製作にあたり、社内のコンセンサス形成のみならず、ゲーム機製作自体にも深く関わっており、デファクトスタンダードとも言える任天堂型のコントローラーからの脱却を図る「グリップ型のコントローラー」を作るように指示し、何度もダメ出しをしている[12](デザインは後藤禎祐が担当)。
1993年初頭から正式に「PS-X」プロジェクトが立ち上がり、1993年11月16日にソニーの技術者と株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントのコンピュータゲーム製作部門のスタッフら65人で構成される株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントが設立。1994年12月3日の「PlayStation」の発売に至った。
販売戦略 [編集]
同時期に発売された他社のゲーム機と販売競争が繰り広げられた。特にセガサターンとの販売台数争いはマスメディアによって「次世代ゲーム機戦争」などと呼ばれ、ゲーマーだけでなくライトユーザーと呼ばれる一般消費者からも大いに注目を浴びるようになった。
3D化により、従来よりもリアルな表現が可能になり、大人の鑑賞にも耐えるゲームソフトも発売された。スーパーファミコン時代に1万円近くしていたソフトの価格面でも、CD-ROM採用によるソフト生産のコストダウンと後述の流通改革により5800円からと低価格化した[13]。
ゲーム機を子供のおもちゃという印象から脱却させる事にも繋がって、広範な支持を得ることにも成功した。
CMには冒頭にプレイステーションのCMであることを示すサウンドロゴを採用し、「よい子とよいおとなの」「いくぜ100万台」などのキャッチフレーズを活用し、内容面でもユニークなことで定評があった[14]。「プレステマン」、「クラッシュ・バンディクー」、「パラッパラッパー」、「ピポサル」などのキャラクターも使用していた。1997年のクリスマス商戦期には多数のゲームソフトの体験版を収録した2種類の体験版を一部の店舗にて100万枚無料配布するなど派手な広告展開を行った。
ゲームの体験版や最新デモ映像などを盛り込んだCD-ROMを年に数回発行する有償会員サービス「PlayStation CLUB」を1995年より運営していた。発行物以外にはゲームイベントの優先入場権、独自開催イベントへの参加権などの特典もあった。なお、2001年4月からはPlayStation 2向けの会員サービスへと移行している。
ソフトの獲得については、発売時に「全てのゲームは、ここに集まる」とのキャッチフレーズを標榜し、上記の『リッジレーサー』のナムコを初め、参入当初の大々的なサードパーティー獲得戦略が実施され、ゲームソフトの圧倒的な数によってゲーム市場の主導権を握った。特に日本を代表するRPGシリーズである『ファイナルファンタジー』シリーズ、『ドラゴンクエスト』シリーズがPlayStation陣営に移行し、これがPlayStationの寡占市場を作り上げる起爆剤となったといわれる。
また、アマチュアからクリエイターを発掘しようと、一般向けの開発環境「ネットやろうぜ!」を販売し、またこれとは別に「ゲームやろうぜ!」というゲームクリエイター志望者を一般から募集した。
PlayStationの絶頂期は1996年から1999年であり、特に『FFVII』を発売した1997年は、本体の日本国内出荷台数が1月時点で500万台を突破するも年末までには更に500万台を上乗せして1000万台突破を達成、ソフトでもスクウェアのゲームをはじめミリオンセラーが5本と続発し、SCEのソフトではロングヒットにより最終的にダブルミリオンを達成するソフトも出てきた(『グランツーリスモ』、『みんなのGOLF』)。
非正規ソフトの対応については、CD-ROMのコピープロテクトを解除するための「MODチップ」と呼ばれるICチップが世界規模で出回り、それに対してソニー・コンピュータエンタテインメントは「レッドハンドプロテクト」で対抗した。
米Connectix社により作られたMacintosh向け(後にWindows版も発売)エミュレータソフト"Virtual Game Station"に関して、ソニー・コンピュータエンタテインメントは提訴しSCEI側の敗訴に終わった[15]が、最終的には提携という形ながら実質的に買い取っている[16]。
流通改革 [編集]
流通面においては、参入時に任天堂のゲーム流通を研究し、音楽CDの流通販売で多大なノウハウを有していたEPIC・ソニーレコード仕込みの流通改革を実施した[17]。
従来のゲーム機のソフト媒体であるROMはリピート生産に時間がかかるため、問屋は初回販売で品切れによって販売チャンスを逃すまいと見込み発注を行っていた。この見込み発注が、見込み違いにより売れなかったソフトが過剰在庫となり、投げ売りされたり、いわゆる抱き合わせ商法で人気ソフトとともに販売される原因となっていたのである[18][19]。
そこで、SCEは自らが直接小売店と取引をして問屋機能を果たして、問屋側の意思決定に依存せず、これまでのゲーム流通の問題だとSCEがみなした抱き合わせ商法や値引き販売などが横行しない様に投機的な見込み発注でなく、適切な初回生産と小まめで迅速なリピート生産による安定的なソフトの供給を進めた[20]。CD-ROMの生産はグループ会社であるソニー・ミュージックエンタテインメントのCD工場で行い、追加生産が必要な場合でも最長で6日で小売店にソフトが届く体制を築いていた[21]。
利益が製作者に還元されない中古市場も問題視し、発売から一定期間が経過したソフトについては廉価版がリリースされた[22]。これらの流通改革は、リピート生産が容易で生産が低コストであり、CD-ROMのメリットを活かしたものであった[23]。
そして、これまでのようにゲームショップによって同じソフトでも価格が2割も3割も異なるという従来のゲーム流通から、再販売価格維持制度で定価販売が認められている音楽ソフトのように、どこの店でも同じ価格で購入できるように事実上の定価販売を目指した[24]。
これに対して、 公正取引委員会が1998年1月20日より「プレイステーション用ソフトウェアの販売について、小売業者に対し希望小売価格で販売するように、圧力を加えた」として独占禁止法に基づく排除勧告を受けた。しかしソニー・コンピュータエンタテインメントは一貫して容疑を否認。2001年8月1日、ソニー・コンピュータエンタテインメントが圧力を加えていた事実を認定する審決が下され[25]、2001年11月20日に排除勧告を受諾した[26]が、排除勧告の対象はPlayStation用ソフトウェアにまつわるものであり、この当時既に販売戦略の中心はPlayStation 2へとシフトしていたため、ソニー・コンピュータエンタテインメントにとってこの排除勧告の受諾は経営的にもPlayStationやPlayStation 2市場にも何ら影響を与えなかった。
CD-ROM [編集]
一般的なCD-ROMメディアとは異なり記録面が黒いことが特徴である(光に透かすとわかるが厳密には濃い青色である)。ソニーによると、子供が誤ってオーディオ機器で再生しないように、通常の音楽CDとPlayStation専用のCD-ROMを見分けやすくしたという(同様の理由でPlayStation 2用CD-ROMは青色である。同DVD-ROMは通常の銀色)[27]。
通常のCD-ROMメディアでは読み書きを行えない領域に特殊なデータが記録されており、これにより正規のメディアであるかどうかを判別している[27]。
サウンドロゴ [編集]
起動時のサウンドロゴはムーンライダーズのメンバーである岡田徹が担当した。また同機のCMで流れたサウンドロゴもムーンライダーズが関わっており、同グループの手掛けたCMソングなどを収めた『MOONRIDERS CM WORKS 1977-2006』にCM始めとCM終わりの2つのサウンドロゴが収録された。
ハード・ソフト台数 [編集]
日本でのハードウェアの生産出荷台数は約1740万台、PS oneは約419万台であり、合計は2159万台、全世界では1億249万台(2005年3月31日現在)。2004年5月18日に全世界累計での生産出荷台数の累計が1億台を突破した[28]。
日本でのソフトウェアの累計生産出荷本数は約2億8600万本であり、全世界では9億6200万本(2006年12月31日現在)。新作タイトルはPlayStation 2発売以降も登場し、日本では2004年まで発売され続けた。公式サイトのソフトウェア製品情報に登録された日本国内のタイトルは2005年11月現在4324タイトルである(廉価版、初回限定版などによる重複も含む)。
性能、開発環境など [編集]
ハードウェアの性能としては3Dポリゴン描画に特化したアーキテクチャが最大の特徴である。ポリゴンの頂点演算や座標変換を行うジオメトリエンジンを搭載し、さらにフレームバッファにポリゴンやテクスチャマップドポリゴンを転送する機能をハードウェアで備えるため、これらの演算を全てソフトウェア処理させる(CPUに膨大な量の演算を強いる)ことが多かった当時のパソコンや他のゲーム機と比較して格段に高い性能を引き出すことができた。以後主流となる、3Dポリゴン処理に特化したハードウェアと言える。
一方、旧来のゲーム機では常識であったラインバッファ方式のスプライトやBG機能は搭載していないため、既存の2次元的なゲーム作品で多用された表現の再現性に関しては決して高いとはいえない。
またJPEGデコーダのMDECを内蔵しており、この機能を活用して当時の水準としては高画質なMotion JPEGによる動画(ムービー)の再生が可能であった点も特筆される[29]。『ファイナルファンタジーVII』をはじめとするこの機能を活用したコンテンツの登場により、プリレンダリングされた3DCGムービーとネイティブの3Dゲーム操作シーンを連結して多用することで場面と時間を繋ぎ物語性を補完する表現手法が確立された。またゲーム導入時のデモムービーやエンディングムービーなど、ゲームをプレイするための動機付けとしても広く活用されるようになった。
主要な半導体は自社で独自設計ないしカスタム化したもの(開発の主体はLSI Logicであった[30])を用いていたため製品発売後もこれらを改良できた。半導体プロセス技術の進歩などにより再集積化(複数の半導体を一枚のシリコンにまとめる)やシュリンク化(LSI面積を縮小し、一枚のシリコンウェハーからより多くのLSIを生産する)や、さらなるカスタム化などを行った。結果的に数度にわたるコストダウンを実現し、PlayStationの販売価格は最終的には発売開始時の半分以下まで下がった。このようにPlayStationは当初から製造技術の進歩による集積化で最終的にハードだけで黒字を得られることを目標とした。実際に1000万台を超えた段階でハードのみで黒字化を達成。1台あたり数十ドルの利益を得られるようになり、ライバル機種のセガサターンに対して優位な戦いをすることが出来たのである。セガサターンはコストカットやワンチップ化がしにくい複雑なハード構成のため、ソニーが仕掛ける価格競争に応じたことで、セガは体力を消耗していった[31]。
一方で後期PSは当初の半導体と違う半導体が用いられたため、互換性が完全に維持されず初期に発売された一部のゲームソフトが後期のハードウェアできちんと動作しないという問題が生じ、サードパーティーは型番毎に動作チェックすることを余儀なくされた。
サードパーティーの参入条件を低くするなどの総合的な戦略が功を奏し、新規参入にも関わらず発売初期から多くのゲームソフトを発売できた。代表的な例として開発機材の販売価格を最低限のキットで1台につき150万円で販売したことが挙げられる。他社の場合、開発機材は1キット数百万円から一千万円以上に及ぶのが通例であり、初期投資に最低数千万円もの多額の準備金が必要で参入障壁が高かった。ソニー・コンピュータエンタテインメントは開発機材の価格を従来の10分の1程度にまで抑え、最低限の開発環境であれば500万円ほどで済ませられることをウリにサードパーティーを募った。その結果、多数のサードパーティーが参入して数多くのゲームソフトが開発され、ゲーム業界の主導権を握った。『修羅の門』『里見の謎』『ザ・マスターズファイター』などのいわゆる「クソゲー」も少なからず現れたが、こうしたゲームも含めた多種多様なゲームは、ゲーム機市場を大きく拡大させた。
仕様 [編集]
- CPU
- CPUコア:MIPS R3000A ベース 32 ビットRISCプロセッサ (R3051)
- 動作周波数:33.8688MHz
- 4キロバイト命令キャッシュ
- 1キロバイトデータキャッシュ
- 命令処理能力:30 MIPS
- バス帯域:132 MB//秒
- ベクトル演算コプロセッサ:GTE(Geometric Transfer Engine)
- ジオメトリエンジン
- 演算能力:最大150万ポリゴン/秒(SCEI公表値)
- ポリゴン表示能力:最大36万ポリゴン/秒(SCEI公表値)[32]
- スプライト描画性能:最大表示4000個(1/60秒、SCEI公表値)
- 可変長の固定小数点演算
- テクスチャマッピング、グーローシェーディング、フォグ 半透明処理機能搭載
- 後期PSではジオメトリエンジンのアーキテクチャを改良しており、そのためプロセッサも「GTE」ではなく「GTE-2」と呼ばれた。
- 画像伸張エンジン:MDEC
- ダイサイズ: 128平方mm (初期型)
- 集積トランジスタ数: 100万個
- 半導体製造プロセス: 0.6μm (初期型)
- CPUコア:MIPS R3000A ベース 32 ビットRISCプロセッサ (R3051)
- GPU
- 最大 1677 万色 (24 ビット)
- レンダリング解像度:256 × 224 to 640 × 480
- VRAM:1メガバイト
- CXD8514の場合は4Mbit60nsのVRAM2個、CXD8561の場合は8Mbit12nsまたは10nsのSGRAM1個
- (PS oneの後期型)CXD9500QではGPUとSGRAMをワンパッケージ化
- サウンドCPU:SPU
- メインメモリ:EDO DRAM 2メガバイト
- 4Mbitチップ4個搭載のパターンと16Mbitチップ1個搭載のパターンがある。
- 表示画素数:256ドット×224ライン(ノンインターレース)~640ドット×480ライン(インターレース[34])
- 色:最大1677万色
- 表示画面:1面
- メディア:倍速CD-ROMドライブ
- 外部コネクタ:コントローラ×2、メモリーカード×2、AVマルチ(RGB / S端子 / ビデオ)、S端子、映像・音声端子(RCA) 、通信(シリアル)、外部拡張(パラレル)、電源入力(AC)、DC出力
- 後面の端子は後述する型番により、搭載する端子が異なる。
系譜 [編集]
- 1994年12月3日 - 定価39,800円で発売、初回出荷10万台を完売。
- 1995年5月第4週 - 日本国内の生産出荷台数が100万台達成(同年内に200万台達成)。ちなみに100万台達成は、ライバルのセガサターンが先に達成。
- 1996年11月30日 - 世界で生産出荷台数が1000万台突破。
- 1997年1月9日 - 日本国内500万台達成。
- 1997年12月31日 - 日本国内1000万台達成。
- 1998年1月20日 - ソニー・コンピュータエンタテインメント、公正取引委員会から「プレイステーション用ソフトウェアの販売について、小売業者に対し希望小売価格で販売するように、圧力を加えた」として独占禁止法に基づく排除勧告。
- 1998年2月5日 - 世界で3000万台突破。
- 1998年8月21日 - 世界で4000万台突破。
- 1998年12月21日 - 世界で5000万台突破。
- 1999年12月2日 - 世界で7000万台突破。
- 2000年7月7日 - 「PS one」発売。
- 2002年 - アメリカ合衆国イマージョン社がPlayStation、およびPlayStation 2のコントローラ振動技術(バイブレーション機能デュアルショック)の特許権をめぐる訴訟を起こす。
- 2004年5月18日 - 全世界累計でPS oneも含めた生産出荷台数が1億台突破。
- 2005年3月24日 - イマージョン社との訴訟で、カリフォルニア州オークランド連邦地裁がソニー・コンピュータエンタテインメントなどに対し、アメリカでのPlayStationおよびPlayStation 2の販売差し止めと約9,070万ドル(日本円で約96億円)の損害賠償を命じる判決。ソニー・コンピュータエンタテインメントは再審理を請求。
- 2005年9月30日 - 3Dゲームの技術進歩に大きく貢献したとして、技術・工学エミー賞(Technology & Engineering Emmy Award)を受賞。
- 2006年3月14日 - イマージョン社との訴訟で、再審理請求が棄却。
- 2007年3月1日 - イマージョン社との訴訟で、請求金額に応じる形で和解。和解金は非公開。
機種別仕様比較表 [編集]
| SCPH-1000 | SCPH-3000系 | SCPH-5000 | SCPH-5500 | SCPH-7000 | SCPH-7500 | SCPH-9000 | SCPH-100 (PS one) |
|
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ビデオ・オーディオ出力端子 | RCA端子、S端子、AVマルチ | RCA端子、AVマルチ | RCA端子、AVマルチ | AVマルチ | AVマルチ | AVマルチ | AVマルチ | AVマルチ |
| パラレル入出力端子 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
| 画像演算コプロセッサ | GTE | GTE | GTE | GTE | GTE-2 | GTE-2 | GTE-2 | GTE-2 |
| GPU | CXD8514 | CXD8514 | CXD8514 又はCXD8561 |
CXD8561 | CXD8561 | CXD8561 | CXD8561 | CXD8561 又はCXD9500Q |
| サウンドスコープ | × | × | × | × | ○ | ○ | ○ | ○ |
| 付属コントローラー | 初期型 | 初期型 | 初期型 | 初期型 | DUALSHOCK | DUALSHOCK | DUALSHOCK | DUALSHOCK |
| 電源 | ACケーブル | ACケーブル | ACケーブル | ACケーブル | ACケーブル | ACケーブル | ACケーブル | ACアダプター |
| 消費電力 | 10.5W | 10.5W | 9.8W | 9W | 9.5W | 9W | 9W | 6.5W |
| 質量 | 1.5kg | 1.4kg | 1.4kg | 1.2kg | 1.2kg | 560g |
バリエーション [編集]
PlayStationは製造時期、販売地域によって異なる型番が付けられており、仕様が異なっている。その違いは主に入出力端子の有無によるものだが、ハードウェアの内部が変更されたことによるものもある。ソニー・コンピュータエンタテインメントは、型番による動作の違いはないとしているが、実際には1996年以降のバージョン「SCPH-5000」以降、グラフィックスの処理能力が向上したり、バグが改善されたり、逆に新たなバグが発生したり、動作しないゲームソフトが発生したりしている。そのため、古いハードウェアでは正常にプレイできないゲームソフトが数百タイトル存在する。
型番はSCPH-XXXYの形式で付けられている。ここではXXXが型式、Yが発売地域を表している。Yは日本用([NTSC J]、AC100V)が0、北米地域用([NTSC U/C]、AC110~127V)が1、ヨーロッパ・オセアニア地域用([PAL]、AC200~240V)が2、アジア地域用([NTSC J]、AC200~240V)が3である。
コンシューマー向け [編集]
特記がない場合、日本における概要について記述する。
- SCPH-1000
- 1994年12月3日発売。
- 初代型番。39,800円で登場。日本では「イチ・ニ・サン」の掛け声のCMが放映された。
- ビデオ端子、S端子、外部電源端子、パラレル入出力端子が装備され、ビデオ端子ケーブルが同梱。
- 通気口が少なく、長時間の稼動で熱暴走を起こすことがあった。
- 内部のソフトウェアにいろいろと不具合があった。
- ディスクが純正品かつ、日本市場用であるかどうかのCDチェックが1回しかなく、ある方法で海外のゲームソフトやCD-Rにバックアップ(コピー)したソフトが簡単に起動した。
- 北米向けに発売された最初期型SCPH-1001はこのSCPH-1000とほぼ同じ物である。
- SCPH-3000
- 1995年7月21日発売。
- 29,800円に値下げ。
- S端子が削除される。
- 通気口が改善される。
- 描画に使用される画像処理プロセッサ「GTE」がバージョンアップ。エフェクト(フォグ)のかかり具合が違う。
- この型番以降は基板が変更されBIOSの仕様も変更された。CDチェックの回数が2回に増え、海外用のソフトやコピーソフトが起動しづらくなった。(ただし、一部ロットにはSCPH-1000と同等の基板のものが混じっており、それに当たるとSCPH-1000と同様の方法で起動するものがあった。)その結果、闇市場において「MODチップ」が開発され、日本国内でも出回ることとなった。
- SCPH-3500
- 1996年3月28日発売。
- 24,800円に値下げ。
- ナムコの『鉄拳2』の発売に合わせ、「ファイティングボックス」と銘打ってコントローラ2個が付属(通常は1個)。
- SCPH-5000
- 1996年6月22日発売。
- 19,800円に値下げ。
- 5000番以降はバグをなくすとして、さまざまな目立った改良が施されているため、この型番の登場以降のゲームソフトは、その弊害で3500番台以前のハードウェアでは不具合を起こすゲームソフトがまれにある。
- 一部ロットに5500番以降で搭載されている新型のGPUが搭載されているものが存在する。
- SCPH-5500
- 1996年11月15日発売。
- ビデオ端子(RCA規格)が削除され、新たにAVマルチ出力端子から各種専用ケーブルによる出力となる。
- 「PU-20」という基板になり、メインメモリの変更やGPUなどがバージョンアップされ、画質と処理能力が若干向上。発熱も殆どなくなった。
- なお、ここまでのPlayStationはCD-ROMドライブの読み取り(ピックアップレンズ)部分の設計の欠陥により、ピックアップレンズが随時動くことによるレールの磨耗によりピックが沈み込み、データをきちんと読み取れなくなってしまうという欠陥があった。そのため、5500番台以前のハードウェアを重用するユーザーは、本体を縦に立てて置く、裏返して置く、斜めに傾けるなどの延命策を講じていた。
- SCPH-7000
- 1997年11月13日発売。
- 18,000円に値下げ。
- それまでのコントローラに代わり、振動機能付きコントローラ「デュアルショック」を同梱。
- CD-ROMドライブの読み取り部分の設計が改められる。これにより、縦置き術などの努力が不要になる。
- 画像処理プロセッサ「GTE」が「GTE-2」にバージョンアップ。ポリゴン描画性能が向上する(ただし、ソニー・コンピュータエンタテインメントの公称では変わっていないとされる)。
- 音楽CD再生機能が更新され、新たに『サウンドスコープ』というアプリケーションがハードウェアに搭載される。これは1997年6月20日に発売されたゲームソフト『BABY UNIVERSE』の一部機能を取り込んだものである。
- 2チップ構成だったCDコントローラを司るLSIが1チップに集積化。
- SCPH-7500
- 1998年12月1日発売。
- 15,000円に値下げ。
- サウンドCPUとCDコントローラの2チップが統合されて1チップに集積化。
- SCPH-9000
- 1999年5月28日発売。
- 外観はSCPH-1000と変わらないが、内部の基板はそれまで幾度の改良・再構成を経て最終世代に近づいていた時期でもあり、SCPH-1000の半分程度の大きさにまでシュリンクされている。
- この機種よりパラレル入出力端子が削除された。日本では最後までこの端子を利用した周辺機器が開発されなかったためであるが、非公認メーカーによるゲームのデータを改造するツール、または違法コピーCDを動作させるツールの接続端子として用いられる例が多かったため、そういった非公認ツールに対処するためとも言われる。
- なお削除されたのは端子だけで、機能自体は基板に残ったままであったため、コネクタと配線を自力で付ければ使用可能。
- SCPH-100(PS one)
- 2000年7月7日発売。PS1世代最後のハードである。
- 定価15,000円(2001年9月12日に定価9,980円へ、2002年5月16日にオープン価格へと改定)。
- 1994年の発売時から変わっていなかったハードウェアの外観が一新され、小型化。色はライト・グレー。
- 内部的な性能・機能はSCPH-9000と同等。
- SCPH-1000で付いていた数多の外部端子も殆どオミット、電源入力と映像出力のみになってしまった。
- 登場時期が「PlayStation 2」の発売と前後していたこともあり、ユーザー間にはPlayStation 2に搭載されているいわゆる『ワンチップPS』を使用しているのではないかという憶測があったが、(文字通り)蓋を開けてみればほとんどSCPH-9000そのものであった。
- 以前までハードウェア内部に搭載されていた電源部分は内部から除外され、ACアダプターによる駆動に変更された。ACアダプター駆動となったため、自動車の電源で駆動するためのカーアダプタも発売された。
また、日本以外のアジア市場向けのPlayStationも発売された。
- SCPH-5903
- 1997年発売。アジア圏では「ビデオCD」の文化が栄えており、東アジアや東南アジア市場で展開するため、それに対応しビデオCDも見られるようにしたもの。本体は白色で、本体の右上に「Video CD」の表記がある。ソフトウェア再生ではなく、専用のMPEGデコーダを搭載している。ビデオ端子がAVマルチ端子に一元化されたSCPH-5500が発売された後の機種ではあるが、本機種のビデオ端子はSCPH-5000以前と同じく、RCAピン端子を装備する。
開発者向け [編集]
- DTL-H1000など
- 開発用のSCPH-1000などに相当する。
- ソニー・コンピュータエンタテインメントとPlayStation専用ソフトウェア開発におけるライセンス契約した法人(「ライセンシー」。サードパーティーやゲーム開発会社などが該当)[35]のみが同社から直接提供されるものであり、門外不出。本体裏に通し番号があり、売り払ったりすると誰が売ったか分かる仕組みになっている。開発用なだけあり、CD-Rにコピーしたソフトを動かす事が可能。本体の色が一般の灰色と違い、青色だったため「青ステ」と呼ばれることもある。
- DTL-H1200など
- 開発用のSCPH-3000などに相当する。
- 通称「リビジョン-C」と呼ばれ、ライセンシー(ライセンス契約した法人)は前記のDTL-H1000と、両方で正常に動作することを確認させられる。本体が緑色だったため、「緑ステ」("みどすて")と呼ばれることもある。
- DTL-H2000
- IBM-PC/ATバスタイプの開発用ボード。DTL-H2000 CPU2ボードにはCPU(GTE)とGPU,SPUが、またPIOボードにはCD-ROM用制御LSIが実装されている。
- DTL-H201A
- IBM-PC/ATバスタイプの開発用ボード。GPUと画像出力回路のみ実装されている。
- DTL-H3000
- 「ネットやろうぜ!」用。「ネットやろうぜ!」とは、ソニー・コンピュータエンタテインメントが一般人に向けてソフトウェア開発環境を提供するシステムで、12万円で通信販売された。国籍プロテクトがかかっていないため、日本国内のゲームソフトだけでなく、日本以外で販売されたゲームソフトも動作する。募集締め切りの後、現在は学校関係者にのみ8万円で販売されている。黒い外観から「黒ステ」と呼ばれることがある。
また、本体形状がコンシューマー向けのものと同じで本体色が異なるPlayStationは「デバッギングステーション」と呼ばれることがある。これはゲームソフトを開発するために設計された機種であるため、コンシューマー向けのPlayStationとは機能が大きく異なる。
互換機種 [編集]
PlayStationのアーキテクチャは家庭用のみならず、アーケードゲーム機としても活用された。PlayStation互換及びPlayStation上位互換の業務用システム基板は大手ゲームメーカー各社で採用され、業務用ゲームの家庭用への移植に貢献した。
周辺機器 [編集]
SCE純正、ソニーグループより発売 [編集]
-
デュアルショック (DUALSHOCK)
| 型番 | 名称 | 発売日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| SCPH-1000 | PlayStation | 1994年12月3日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
| SCPH-1010 | コントローラ | 初期の本体に付属。デジタル入力のみのコントローラ。 | |
| SCPH-1020 | メモリーカード | ゲームのセーブデータを保存しておくための補助記憶装置。記憶媒体として1メガビット(128キロバイト)のフラッシュメモリを採用している。保存領域は15ブロックだが、PS2のメモリーカード管理画面では消費容量が1ブロック辺り8キロバイトで表示されている。それによると8キロバイト(1ブロック相当)が未使用と言うことになるが、これはメモリーカード自身のデータ管理用の領域で1ブロック消費しているためであり、それも含めて16ブロック、128キロバイトの記録領域がある。 | |
| SCPH-1030 | マウスセット | 1994年12月3日 | PlayStation規格ソフト専用の2ボタンマウス。マウスパッドもセットに含まれる。PlayStation 2規格ソフトには使用できない。 |
| SCPH-1040 | 対戦ケーブル | PlayStationを2台接続して対戦ができる。PSoneやPlayStation 2には使用できない。 | |
| SCPH-1050 | RGBケーブル | PlayStationをテレビに接続する、RGB出力のAVケーブル。早い時期に生産中止になったため、現在入手困難。 | |
| SCPH-1060 | RFUケーブル | PlayStationをテレビに接続する、RF出力でアンテナ線に接続するケーブル。SCPH-5500以降の本体には使用できない。 | |
| SCPH-1070 | マルチタップ | 1995年11月22日 | PlayStation規格ソフトを3人以上でプレイする際に使用する。PlayStation 2規格ソフトには使用できない。形状はL字型。コントローラを4つ接続できる。PlayStation 2用のものは使用不可。 |
| SCPH-1080 | コントローラ | 1996年4月2日 | SCPH-1010の改良版。コードが長くなり、ノイズフィルターがついた。 |
| SCPH-1090 | マウスセット(ロングケーブル) | 1998年5月7日 | SCPH-1030の改良版。ケーブルが長くなっている。 |
| SCPH-1100 | S端子ケーブル | 1995年11月22日 | PlayStationをテレビに接続する、S端子のAVケーブル。通常のものよりより高い画質が出力可能。 |
| SCPH-1110 | アナログジョイスティック | 1996年4月26日 | フライトシューティングゲーム向けにアナログスティックが2本ある大型のジョイスティック。 |
| SCPH-1120 | RFUアダプターキット | 1996年11月22日 | RF出力をするためのキット。 |
| SCPH-1130 | 電源ケーブル | PlayStationに電源を供給するケーブル。本体に付属。 | |
| SCPH-1140 | AVケーブル | 1997年3月14日 | PlayStationをテレビに接続する、映像/音声一体型のケーブル。本体に付属。 |
| SCPH-1150 | アナログコントローラ | 1997年4月25日 | アナログスティック2本と、振動機能を搭載している。のちに発売された「デュアルショック」と形状はほぼ同じだが、コントローラの振動機能に強弱の区別がない。SCPH-1110の互換モードを持っている。 |
| SCPH-1160 | AVアダプター | PlayStationを通常のAVケーブルでテレビに接続することができるキット。SCPH-5500以降の本体にガンコンを接続する際にも使用する。 | |
| SCPH-1180 | Analog Controller | 日本未発売。アナログコントローラに似ているが、振動機能未搭載。 | |
| SCPH-1190 | メモリーカード | 1997年7月17日 | 夏季30万個限定。外装が透明(クリア)になっているメモリーカード。 |
| SCPH-1191 | 1997年10月9日 | 秋季限定。シースルー・オレンジのメモリーカード。 | |
| SCPH-1192 | クリスマスカラーメモリーカード | 1997年11月27日 | 冬季40万個限定。シースルー・レッドのメモリーカード。 |
| SCPH-1193 | 冬季40万個限定。シースルー・グリーンのメモリーカード。 | ||
| SCPH-1194 | 冬季40万個限定。シースルー・ホワイトのメモリーカード。 | ||
| SCPH-1195 | メモリーカード | 1999年1月29日 | 初春20万個限定。シースルー・イエローのメモリーカード。実際にはSCPH-1020Yとして発売された。 |
| SCPH-1196 | 初春20万個限定。グレイッシュ・ホワイトのメモリーカード。実際にはSCPH-1020WJとして発売された。 | ||
| SCPH-1200 | アナログコントローラ DUALSHOCK | 1997年11月20日 | SCPH-7000から標準となったコントローラ。SCPH-1150にあったSCPH-1110互換モードは省かれた。 |
| SCPH-1210 | メモリーカードケース | 1998年3月19日 | メモリーカードを収納するケース。当初はメモリーカードとセットであったが、後に別売りになり、その時に型番がついた。 |
| SCPH-3000 | PlayStation | 1995年7月21日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
| SCPH-4000 | ポケットステーション | 1999年1月23日 | モノクロ液晶画面付きのメモリーカード。ちょっとしたゲームを遊ぶことも可能。
詳細は「PocketStation」を参照 |
| SCPH-4020 | ロングストラップ | ポケットステーション用のロングストラップ。 | |
| SCPH-4030 | ハンドストラップ | 1999年3月25日 | ポケットステーション用のハンドストラップ。 |
| SCPH-5000 | PlayStation | 1996年6月22日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
| SCPH-7000 | 1997年11月13日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
|
| SCPH-9000 | 1999年5月28日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
|
| SCPH-100 | PS one | 2000年7月7日 | 本体。
詳細は「PlayStation (ゲーム機)#バリエーション」を参照 |
| SCPH-110 | アナログコントローラ DUALSHOCK |
- AVマルチケーブルVMC-AVM250(ソニー株式会社テレビ事業部)
- “プレイステーション”対応ステレオテレビ(ソニー株式会社テレビ事業部)
- 上記のAVケーブル一本で接続できる21型トリニトロンカラーテレビ。他の機種でも接続出来るテレビはラインナップされているが、本品は特にゲームプレイに特化している。スタイルもPlayStationのイメージに合わせている。品番はKV-21SP1[36]
他社発売 [編集]
- マルチアウト変換ジャック(株式会社HORI)
- 純正AVアダプターの廉価版とも言える商品。型番はSLPH-00091。
- ネジコン(株式会社ナムコ)
- ジョグコン(株式会社ナムコ)
- ガンコン(株式会社ナムコ)
- ハイパーブラスター(コナミ株式会社)
- 電車でGO!専用コントローラ(株式会社タイトー)
- 型番はSLPH-00051だが、以降発売の色替えバージョン及びワンハンドルタイプ等はSLPHはついていない(TCPP-200XX等の品番となっている)。
- beatmania専用コントローラ(コナミ株式会社)
- アスキーが発売したものの型番はASC-0515BM、コナミが発売したDJ Station PROはCT013と、どちらもSLPHはついていない。
- ダンスダンスレボリューション専用コントローラ(コナミ株式会社)
- 型番はそれぞれRU017(本体のみ・初期版)/RU023(マット内蔵のデラックス版)/RU026(ハンドコントローラ)/RU031(ディズニー版)/RU039(本体のみ・後期版)と、どれもSLPHはついていない。
- ギターフリークス専用コントローラ(コナミ株式会社)
- ドラムマニア専用コントローラ(コナミ株式会社)
- ギターフリークス用がRU018、ドラムマニア用がRU021。ドラムマニアはPlayStation 2用ソフトとして発売。後にGuitarFreaksV & DrummaniaVと同時発売された廉価版は型番の後ろに-J2が付く。尚、ドラムマニア用のRU021-J2はスタンドがデスク用ミニ脚になっている。
- キッズステーション専用コントローラ(株式会社バンダイ)
関連項目 [編集]
ソフト一覧 [編集]
- Category:PlayStation用ソフト - 日本語版ウィキペディアに記事の作成されているタイトルのリスト(タイトルでの五十音順)
- PlayStationのゲームタイトル一覧 - 日本で公式発売された全タイトルのリスト(発売日順)
- PS one Books
ハードウェア・周辺機器等 [編集]
- 本体製品
- PS one - 本機の小型版
- PlayStation 2 - 全製品において PlayStation との上位互換機能をもつ
- 周辺機器
その他 [編集]
- ネットやろうぜ!
- PlayStation CLUB
- PlayStation Awards
- PlayStation Mobile(旧称: PlayStation Suite)
- 久夛良木健
脚注 [編集]
- ^ 朝日新聞ウィークリー AERA 1997年1月27日号、10-12頁(朝日新聞社、1997年1月20日発売)、P.11-5段に流通関連が、P.12-4段にスクウェア(当時)の映画的ゲームの取り組みが記載
- ^ “プレステ禁止令の実情を探る!”. livedoorニュース Anigema (トレビアンニュース). (2007年8月6日) 2010年6月22日閲覧。
- ^ 赤木哲平『マルチメディアの覇者 熾烈をきわめる勝ち残り戦略』日本能率協会マネジメントセンター、1995年、p.27
- ^ 麻倉怜士『ソニーの革命児たち』IDGコミュニケーションズ、1998年、pp.44-48
- ^ 西田宗千佳『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』講談社、2008年、pp.15-16
- ^ 山下敦史『プレイステーション大ヒットの真実』日本能率協会マネジメントセンター、1998年、p.52
- ^ 大賀典雄『SONYの旋律(私の履歴書)』(2003年 日本経済新聞社)
- ^ 馬場宏尚『ゲームソフト戦争』ぱる出版、1997年、pp.108-111
- ^ 大賀典雄『SONYの旋律(私の履歴書)』(2003年 日本経済新聞社)
- ^ 馬場宏尚『ソニーが任天堂に食われる日』エール出版社、1993年、pp.146-149
- ^ 大賀典雄『SONYの旋律(私の履歴書)』(2003年 日本経済新聞社)
- ^ 大賀典雄『SONYの旋律(私の履歴書)』(2003年 日本経済新聞社)
- ^ 矢田真理『ゲーム立国の未来像 世界をリードするコンテンツビジネスのすべて』日経BP社、1996年、p.176
- ^ 西田宗千佳『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』講談社、2008年、p.44
- ^ 米Connectix、PSエミュレータ「Virtual Game Station」係争で勝利を勝ち取る
- ^ ソニーコンピュータエンターテインメントと米Connectixがエミュレータ技術に関する提携を発表
- ^ 麻倉怜士『ソニーの革命児たち』IDGコミュニケーションズ、1998年、p.141
- ^ 麻倉怜士『ソニーの革命児たち』IDGコミュニケーションズ、1998年、pp.126-130
- ^ 山下敦史『プレイステーション大ヒットの真実』日本能率協会マネジメントセンター、1998年、pp.39-40
- ^ 平林久和、赤尾晃一『ゲームの大學』メディアファクトリー、1996年、p.109
- ^ 矢田真理『ゲーム立国の未来像 世界をリードするコンテンツビジネスのすべて』日経BP社、1996年、p.109
- ^ 日経産業新聞編『ドキュメント知財攻防 著作権ビジネスを支配するのは誰か?』日本経済新聞社、2003年、p.149
- ^ 麻倉怜士『ソニーの革命児たち』IDGコミュニケーションズ、1998年、pp.135-136
- ^ 山下敦史『プレイステーション大ヒットの真実』日本能率協会マネジメントセンター、1998年、p.188
- ^ 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントに対する審決について
- ^ 2001年ソニー・コンピュータエンタテインメント「テレビゲーム機用ソフト(公正取引委員会の審決に基づくお知らせ)」
- ^ a b GAMERS EDEN. “ゲームソフトに使われるメディア”. 2012年1月15日閲覧。
- ^ PlayStation(初代PSおよびPS one)家庭用ゲーム機で、史上初の全世界生産出荷累計1億台を達成
- ^ a b 久夛良木健「リアルタイム3D-CGを家庭用ゲーム機に導入」『新世代ゲームビジネス』日経BP、1995年、pp.92-96
- ^ Sony Selects LSI Logic to Supply Key I/O Processor for Next Generation PlayStationやナショナル セミコンダクター役員紹介 - ブライアン L. ハーラなどによる
- ^ 西田宗千佳『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』講談社、2008年、pp.114-115
- ^ テクスチャ・半透明処理・シェーディングを施した時の実測値
- ^ 近藤良夫(NEC)「インタラクティブアニメ動画の再生とパソコンの接続性に特徴」『新世代ゲームビジネス』日経BP、1995年、p.119。PC-FXのハードウェア仕様より。
- ^ 当時「ハイレゾ」と呼ばれた出力処理(「ハイレゾリューション」という単語自体は技術の推移により解像度が上昇する事で、該当する対象が変化する事で現在も用いられている)だが、RAM容量の関係からこの解像度のグラフィックをリアルタイムで動かす事は難しく、主に「一枚絵」と呼ばれる画像の表示に用いられた。
- ^ 「ライセンシー」。サードパーティーやゲーム開発会社などが該当。対義語にはライセンスを許諾したメーカーを指す「ライセンサー」があり、ソニー・コンピュータエンタテインメントのことを指す。
- ^ “プレイステーション”専用の前面RGB入力端子を装備する 21型 ステレオテレビ 発売、報道資料、1997年5月29日
参考文献 [編集]
- 情報処理学会編『新版 情報処理ハンドブック』(オーム社、1995年11月、ISBN 4-274-07832-9)
- 朝日新聞ウィークリー AERA 1997年1月27日号、10-12頁(朝日新聞社、1997年1月20日発売)
外部リンク [編集]
- 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント
- プレイステーション® オフィシャルサイト
- PlayStation® 公式チャンネル - YouTube
- プレイステーション / PlayStation (Japan) - Facebook
- PlayStation - Google+
- Good Design Award - プレイステーション
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