プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト

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プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト(Pfalz-Zweibrücken-Birkenfeld)は、現在のドイツラインラント=プファルツ州ビルケンフェルト周辺に存在した神聖ローマ帝国領邦の一つ。

プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルトはプファルツ=ツヴァイブリュッケンの分国として1569年にプファルツ=ツヴァイブリュッケン公兼プファルツ=ノイブルク公ヴォルフガングの死後に、末子のカール1世によって創立された(プファルツ=ビルケンフェルト家)。1600年にカール1世が死ぬと、ビルケンフェルトは長男のゲオルク・ヴィルヘルムが継承、次男のクリスティアン1世によって新たにプファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビシュヴァイラーが生まれた。

三十年戦争中の1635年に領国は侵略と荒廃に曝され、同年には腺ペストによって多くの人命が失われた。ゲオルク・ヴィルヘルムが1669年に死ぬと息子のカール2世オットーが後を継いだ。2年後にカール2世オットーが死ぬと男系が絶え、従弟のプファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビシュヴァイラー公クリスティアン2世が後を継いだ。クリスティアン2世が1717年に死ぬと息子のクリスティアン3世が継いだ。クリスティアン3世は1731年に死んだ遠縁のグスタフ・ザムエル・レオポルトツヴァイブリュッケン公国を継承して、帝国議会に出る資格を得て、領国の名称をプファルツ=ビルケンフェルト=ツヴァイブリュッケンに改称した。

名前

統治期間

備考
カール1世 1569年 - 1600年
ゲオルク・ヴィルヘルム 1600年 - 1669年
カール2世オットー 1669年 - 1671年
クリスティアン2世 1671年 - 1717年 プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビシュヴァイラー公
クリスティアン3世 1717年 - 1731年 プファルツ=ビルケンフェルト=ツヴァイブリュッケン公