プトレマイオス (エピロス王)
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プトレマイオス(希:Πτολεμαῖος、ラテン文字転記:Ptolemaios、在位:紀元前238年-紀元前231年)はエピロス王で、アレクサンドロス2世の次男でピュロス2世の弟である。
アレクサンドロスの死後、彼の息子たちはまだ幼かったので、彼らは母のオリュンピアスの後見を受けた。彼らが成人するとオリュンピアスは息子たちに王国を譲り、ピュロスが王位についた[1]。そして、プトレマイオスは王位をピュロスの死後受継いだ。ユスティヌスによればプトレマイオスは(直前の節でアカルナニア人がエピロスを略奪したとあるのでおそらくはアカルナニア人との)戦争の最中に病死した[2]。それに対し、ポリュアイノスは、プトレマイオスは裏切りによって殺されたとしている[3]。
註 [編集]
参考文献 [編集]
- ポリュアイノス著、戸部順一訳、『戦術論』、国文社、1999年
- ポンペイウス・トログス著、ユニアヌス・ユスティヌス抄録、合阪学訳、『地中海世界史』、京都大学学術出版会、1998年
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