プティト・サンチュール

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1898年当時のパリ市および周辺地図。紫色の線がプティト・サンチュール
13区に残る廃線跡

プティト・サンチュール: Ligne de Petite Ceinture)はかつてパリ市内のブルヴァール・デ・マレショー内部を運行していた環状鉄道路線である。

1862年に運行を開始し、1990年代に運行を休止してから現在では大部分が使用されていない。

目次

歴史 [編集]

プティト・サンチュールは全長32kmの複線で、その目的はパリの各ターミナル駅から放射状に伸びる線路を互いに連絡することと、パリの城塞(ティエールの城壁フランス語版1919年から撤去が始まった)の内部を連絡することだった。線路はマレショーに沿って高架の上、あるいは掘割、所々トンネルの中を走っていた。(パリが現在の20区の大きさになったのは1860年のことである)

旅客の輸送は1934年4月1日に終了し、バスのPC線に取って代わられた。その後西側のポン・カルディネからオートゥイユまでの通称オートゥイユ線は1985年まで利用されたが、1988年RER C線ポントワーズアルジャントゥイユ方面へ延伸した際にそのルートを提供した。15区のヴィクトール通りと16区のオートゥイユ門を結び、セーヌ川を渡っていた高架橋は1958年に解体され、路線の西と南は離ればなれになった。

1934年以降はもっぱら貨物列車がプティト・サンチュールを利用した。南部では1976年までグルネルのシトロエンの工場(現在はアンドレ・シトロエン公園になっている)に、1979年までヴォージラールの屠殺場(現在はジョルジュ・ブラッサン公園になっている)に、1991年までゴブラン駅(13区のオリンピアード地区にあった)に通じていた。また、1980年代の末までパリのターミナル駅の間を列車を移動させるのにも使われた。貨物輸送は1990年代の初めまで行われた。

アヴニュー・アンリ・マルタン駅フランス語版よりポルト・ド・クリシー駅フランス語版までの区間はRER C線として現在も運用されている。駅舎の一部はカフェや店舗などに店貸しされている。

現況 [編集]

現在プティト・サンチュールは放置されている。信号システムは作動する状態にあるが列車の運行は完全に中止されている。例えば南部分の路線はメトロ14号線の建設で出た廃土を処分するために整地された。

現在のプティト・サンチュールは北のポルト・クリシーと南のヴィクトール通りの間、パリの東部の23kmからなっている。パッシー・ラ・ミュエット旧駅舎(現在はレストランLa Gare)からオートゥイユ旧駅舎に至るまでの西側の部分はレールが完全に取り除かれ、緑道として整備中である。線路は13区のアヴニュー・ド・フランスのところでも同様に分断されているが、これは工事用トラックの出入りのためにさびた廃線路の上に一時的にコンクリートの仮道路を作ったためであり、これを取り除けば再びつながり、グルネルからアヴニュー・ド・クリシーまでの線路は分断無く再利用可能である。トラムウェイを延伸するために使うという案もあり、具体的には現在のT3号線の延長、サンドニ市内から延伸する予定のトラミーと呼ばれる計画線の予定が挙がっている。(詳しくはトラム (パリ)の項を参照)

プティト・サンチュールに立ち入ることは禁止されている。敷地は金網や塀で囲まれており様々な植物が生い茂っている。

プティト・サンチュールの再利用についてはいくつかの計画が持ち上がっている。

トラムT3線がセーヌ左岸のマレショーに完成したため、南部13-15区については線路としての再利用可能性はほぼ消えた。またメトロ14番線の延長案もあったが現在は計画が変更されている。北東部12,18-20区は依然計画として持ち上がっている。
  • 旧バスティーユ線のような緑道

一部の駅舎は再利用されている。以下駅一覧を参照。

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オートゥイユ・ブーローニュ (Auteuil-Boulogne)
駅舎は現在SNCF窓口として利用
パッシー・ラ・ミュエット(Passy-la-Muette)
駅舎は現在レストランLa Gareとして利用
アヴニュー・アンリ・マルタン(Avenue Henri Martin)
RER-C線とて駅舎後部および旧線路を再利用、駅舎前部はカフェとして利用
アヴニュー・デュ・ボワ・ド・ブーローニュ(Avenue du Bois-de-Boulogne)
現在の駅名アヴニュー・フォーシュ(Avenue Foch) RER-C線とて駅舎および旧線路を再利用
ヌイイ・マイヨー(Neuilly-Maillot)
RER-C線とて駅舎および旧線路を再利用
クルセル・ルヴァロワ(Courcelles-Levallois)
現在の駅名ペレール・ルヴァロワ(Pelère Levarois) RER-C線とて駅舎および旧線路を再利用
アヴニュー・ド・クリシー(Avenue de Clichy)
現在の駅名ポルト・ド・クリシー(Porte de Clichy) RER-C線とて旧線路を再利用、駅舎は新設
アヴニュー・ド・サントゥアン(Avenue de Saint-Ouen)
駅舎は現在食器店として利用、ホームの屋根が現存
ブルヴァール・オルナノ(Boulevard Ornano)
駅舎は現在クレディ・リヨネ銀行支店として利用、ホームの土地は整備されて現存
ラ・シャペル・サン・ドニ(La Chapelle-Saint-Denis)
構造物は無し、ホームの土地は整備されて現存
レヴァンジル(L’Évangile) (anciennement Gare de la Chapelle)
駅舎はSNCF操車場に直結
エスト・サンチュール(Est-Ceinture) (休止)
駅舎の一部外壁が現存
ポン ド フランドル(Pont de Flandres)
駅舎は現在民家として利用
ベルヴィル・ヴィレット(Belleville-Villette)
構造物は無し、ホームの土地は整備されて現存
メニルモンタン (Ménilmontant)
構造物は無し、ホームの土地は放置
シャロンヌ(Charonne)
駅舎は現在カフェ・ライブバー、フレーシュ・ドールFlèche d'Or(「金の矢」号、昔の特急列車の名前)として利用、夜間のみ営業中
リュー・ダヴロン(Rue d’Avron)
駅舎は現在民家として利用
アヴニュー・ド・ヴァンセンヌ(Avenue de Vincennes)
駅舎は現在乗用車整備店として利用
ベルエール サンチュール(Bel-Air Ceinture)
構造物は無し、ホームの土地は放置
リュー・ドゥカン(Rue Decaen)
構造物は無し、ホームの土地は整備されて現存
ベルシー・サンチュール(Bercy-Ceinture)
駅舎は柔道教室として利用
ラ・ラペー・ベルシー(La Rapée-Bercy)
構造物は無し、ホームの土地は整備されて現存
オルレアン・サンチュール(Orléans-Ceinture)
駅舎はRER-C線として再利用されたが、隣接してビブリオテーク・フランソワ・ミッテラン駅2000年に開業したことにより現在は再び閉鎖、利用されず放置。
メゾンブランシュ(Maison Blanche)
構造物は無し、ホームの土地は放置
モンルージュ(Montrouge)
駅舎前部は個人営業の電気店、および後部は室内テニスコートとして利用、ホームの土地は放置
パルク・ド・モンスーリ(Parc de Montsouris)
構造物は無し、ホームの土地は放置
ウェスト サンチュール(Ouest ceinture)
駅舎は現在SNCF窓口と書いてあるが常に閉鎖
アバトワール・ド・ヴォージラール(Abattoirs de Vaugirard)(家畜用)
構造物は無し、ホームの土地は放置
ヴォージラール サンチュール(Vaugirard Ceinture)
駅舎は現在保育園として利用
グルネール(Grenère)
駅舎跡の土地はフランステレビジョン放送局のビルが建設
ポンデュジュール(Pont-du-Jour)
唯一跡形も無く撤去された駅。現在は幅の広い車道

関連項目 [編集]

参考文献 [編集]