ピエール・ブーレーズ

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ピエール・ブーレーズ
Pierre Boulez
2004年10月25日ブリュッセル、パレ・デ・ボザールにて
2004年10月25日
ブリュッセル、パレ・デ・ボザールにて
基本情報
出生 1925年3月26日(84歳)
フランスモンブリゾン
職業 作曲家指揮者
  

ピエール・ブーレーズブレーズブゥレーズだが正式にはブ‐レーズ:前の長音はあとの長音の半分の長さと本人が語っていて日本語での正確な表記が難しい)(Pierre Boulez, 1925年3月26日 - )は、フランス作曲家および指揮者

目次

[編集] 人物

パリ国立高等音楽院でアンドレ・ヴォラブール(アルテュール・オネゲルの妻)とオリヴィエ・メシアンに対位法や作曲を師事するが中退し、ルネ・レイボヴィッツ(レボヴィツ、レボヴィス)にセリアリスムを学ぶ。作曲の弟子にはバーゼルの音楽大学で教えたハインツ・ホリガーがいる。ダルムシュタット夏季現代音楽講習会でその初期から活躍し注目される。シュトックハウゼンと共鳴するが、ノーノとは鋭く対立している。

初期には怒れるブーレーズと恐れられ、1940 - 50年代には「オペラ座を爆破せよ」、「シェーンベルクは死んだ」などの過激な発言を繰り返した(前者の発言では、2001年、スイス警察により一時拘留された。音楽界の常識として見れば半世紀前の論文中の比喩表現であり、まったくの誤認である。)。シェーンベルクを否定し、ヴェーベルンの極小セリー形式から出発する一方、後にはドビュッシーストラヴィンスキーの再評価に務めた。詩人では最初にルネ・シャールを取り上げるが後にはステファヌ・マラルメによる作品を書き、また指揮活動としても徐々に前の時代の作曲家へと遡って評価する姿勢が見られる。

ジョン・ケージと往復書簡を交わすほかダルムシュタットなどで交流し、偶然性を導入する。ただしケージなどアメリカ作曲界は偶然性を不確定性(チャンス・オペレーション)として導入したのに対し、ブーレーズをはじめヨーロッパ作曲界は「管理された偶然性」とし、偶然性の結果によってどんなに音楽が異なる解釈をされようとも、全体としては作曲者の意図の範囲で統率されるべきとした。この考えに基づく作品としては「ピアノソナタ第3番」、『プリ・スロン・プリ - マラルメによる即興』などが挙げられる。

フランス国立音響音楽研究所IRCAMの創立者で初代所長(現在は名誉総裁)。1976年コレージュ・ド・フランス教授に選出。現在はフリーで活躍。

1989年、第一回高松宮殿下記念世界文化賞・音楽部門を受賞した。

2009年京都賞を受賞する。

[編集] 作品

初期の作品としての傑作は、メシアンの『音価と強度のモード』に影響を受け音列を引用した『構造』1-2(2台のピアノのための)がある。『ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)』(ルネ・シャールの詩による)は20世紀の最大傑作の一つ。また第1番第2番第3番、特に第3番はジョン・ケージの影響を受け管理された偶然性を追求し、現代音楽の作曲としての大きな問題を投げかけた。中期までの作品としては他に『プリ・スロン・プリ - マラルメによる即興』、『メサージェスキス』、『弦楽四重奏の書』などが挙げられる。

1940年代後半から一貫して反復語法を忌み嫌っていた彼は、前衛の停滞以後の1970年代以降から急速に反復語法へ傾斜する形となり、等拍パルスやトリルなどを多用し固定された和声内での空間的な動きを特徴としてゆく。このまろやかな作風の不備を打開するために4Xと名づけたハードウェアを導入し、空間的及び時間的な様々な位相を伴う別々の周期パルスを過剰に組み合わす様式へ展開した。その様式が最初に結実した作品が、IRCAMの電子音響技術を応用した6人のソリストと室内オーケストラとライヴ・エレクトロニクスのための『レポン』である。

しかし、エレクトロニクスを用いない場合はこれらの効果が見られないために、初期の「錯乱」を器楽編成のみで競う方向性は影を潜めた。例としてヴァイオリン独奏のための『アンテーム』第2番(第2番はライヴ・エレクトロニクスを伴う)、ピアノ独奏のための『アンシーズ』(改訂版の『スュル・アンシーズ』は指揮者と3組のピアノ、ハープと音律打楽器からなるトリオによる)などのライブ・エレクトロニクスの有無による作品の質の差異は顕著に見られる。その他クラリネットとテープの為の『二重の影の対話』(他にもさまざまな楽器の版がある)、独奏フルートと室内オーケストラとライブ・エレクトロニクスのための『エクスプロザント・フィクス(固定された爆発)』などの作品も、原則的には反復語法に基づいている。

[編集] 指揮活動

主な録音としては、1960 - 70年代のストラヴィンスキーやバルトークの録音、1990年代に入ってからのマーラーやラヴェルなどの録音が挙げられる。二度にわたって全集制作をおこなったヴェーベルンの再評価にも尽力した。

[編集] 著作

  • 『意志と偶然――ドリエージュとの対話』(店村新次訳/法政大学出版局/1977年)
  • 『ブーレーズ音楽論――徒弟の覚書』(船山隆、笠羽映子訳/晶文社/1982年)
  • 『参照点』(笠羽映子、野平一郎訳/書肆風の薔薇/1989年)
  • ポール・テヴナン編『クレーの絵と音楽』(笠羽映子訳/筑摩書房/1994年)
  • 『現代音楽を考える』(笠羽映子訳/青土社/1996年)
  • 『標柱 音楽思考の道しるべ』(笠羽映子訳/青土社/2002年)
  • セシル・ジリー聞き手『ブーレーズは語る――身振りのエクリチュール』(笠羽映子訳/青土社/2003年)
  • ピエール・ブーレーズ、アンドレ・シェフネール『ブーレーズ―シェフネール書簡集1954-1970――シェーンベルク、ストラヴィンスキー、ドビュッシーを語る』(笠羽映子訳/音楽之友社/2005年)
  • クロード・サミュエル聞き手『エクラ/ブーレーズ 響き合う言葉と音楽』(笠羽映子訳/青土社/2006年)

この他、2006年4月時点で日本語に訳されていない本として次の著書がある。

  • Jean-Jacques Nattiez, ed. The Boulez-Cage Correspondence.
  • Jean Vermeil, Conversations With Boulez: Thoughts on Conducting.
  • Rocco Di Pietro, Dialogues With Boulez.

[編集] その他、エピソード、パロディなど

漫画の「ソムリエ」には、世界的指揮者として「ペール・ブレイズ」という人物が登場するが、これは明らかにブーレーズをモデルとした名称であると思われる。

来日した際のレセプション会場で、体が不自由でサングラスをして歩く志鳥栄八郎音楽評論家1926年1月24日-2001年9月5日)を見たブーレーズは声をかけ、志鳥がこの体は薬害のせいだと答えたところ、「日本の厚生省は何をやっているんですか!」と怒りをあらわにしたという。

ドイツのテレビ局ZDFアルバン・ベルクの曲のリハーサルを収録中、クレーンカメラがすぐ後ろを横切った。そのことを一人の奏者が指摘すると、ブーレーズはあわてずに「そういえば昔BBCに殺されかけたことがあるんですよ。私がいるのに気づかなくて『あぶない!』だって」という話を(ドイツ語で)披露しオケ団員は爆笑。それをきっかけに次の楽章の練習に移った。適度な会話でよいガス抜きをしつつ団員の集中力を保ちながらの練習と言える。

先代:
ジョージ・セル
クリーヴランド管弦楽団音楽顧問
1970–1972
次代:
ロリン・マゼール
先代:
コリン・デイヴィス
BBC交響楽団首席指揮者
1971–1976
次代:
ルドルフ・ケンペ
先代:
ジョージ・セル (音楽顧問)
ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督
1971–1978
次代:
ズービン・メータ
先代:
-
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
首席指揮者

1976–1978
次代:
ペーテル・エトヴェシュ