ブレスラウ条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ブレスラウ条約(Vorfrieden von Breslau)は、1742年6月11日ブレスラウで締結された、オーストリア継承戦争におけるプロイセンオーストリア大公国ハプスブルク君主国)との間の講和条約である。同年7月28日ベルリンで同内容の条約が最終合意として再締結されており、こちらをベルリン条約という。いずれにせよこの条約によって第一次シュレージエン戦争は終結した。

クラインシュネレンドルフの密約によって一度は停戦した両国であるが、すぐに戦闘は再開された。マリア・テレジアフリードリヒ大王シュレージエンを渡すまいとして懸命であったが、プロイセン軍にコトゥジッツの戦いで敗れ、ベーメンフランス軍を撃退することも失敗したとなると、両勢力を一度に相手にするのはやはり無理だと認めざるを得なかった。もともと同盟国であるイギリスからは参戦の条件としてプロイセンとの講和とフランスへの戦力集中を強く要求されており、多額の資金援助を受けている手前いつまでもその要求を無視することはできなかった。条件は以下のようであった。

参考資料[編集]

  • 林健太郎、堀米雇三 編『世界の戦史6 ルイ十四世とフリードリヒ大王』(人物往来社、1966年)
  • 久保田正志『ハプスブルク家かく戦えり ヨーロッパ軍事史の一断面』(錦正社、2001年)
  • Browning, Reed. The War of the Austrian Succession, (New York, St Martin's Press, 1993)
  • Carlyle, Thomas. History of Friedrich II, PEACE OF BRESLAU
  • de:Vorfrieden von Breslau (23:21, 27. Dez. 2008 UTC)