ブルートーンズ
| ザ・ブルートーンズ | |
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タイ・バンコクにて。1996年撮影。
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| 基本情報 | |
| 出身地 | ロンドン・ハウンズロー |
| ジャンル | インディー・ロック ギターポップ ブリットポップ |
| 活動期間 | 1993年 - 2011年 |
| レーベル | A&Mレコード スペリアー・クォリティ・レコーディング クッキング・ヴァイナル ユニバーサル・ミュージック |
| 公式サイト | www.bluetones.info |
| メンバー | |
| マーク・モリス アダム・デヴリン スコット・モリス エズ・チェスターズ |
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| 旧メンバー | |
| リチャード・ペイン | |
ザ・ブルートーンズ (The Bluetones) は、イギリス・ロンドン出身のロックバンド。
目次 |
[編集] 概要
1993年結成、ブリットポップ・ムーブメント全盛の1995年にデビュー。爽やかでポップなサウンドを特徴としたギターポップの王道を行く音楽性を持ち味としており、1996年のシングル「Slight Return」やデビュー・アルバム『Expecting to Fly』のヒットで一躍人気を集めた。
その後はインディーに転向し、自らの音楽性を追求しながら活動していくことを選択。最後の「ブリットポップ世代の生き残り」として精力的に活動を続けていたが、2011年をもって解散することを急遽発表。同年秋に日本公演を締めくくりとするフェアウェル・ツアーを行い、18年間の活動に幕を下ろした。
[編集] メンバーと主な担当楽器
- バンドのフロントマン。少年のようなピュアな歌声とも評される。
バンド活動と並行してソロ活動を行っており、2008年にはソロアルバム『Memory Muscle』を発表している。
- ザ・スミスやオレンジ・ジュース、アズテック・カメラの影響を受けてギターを始める。
デビュー当時、憧れのヒーローとしてエドウィン・コリンズやジョニー・マー、スコット・ウォーカー、ラヴのアーサー・リーなどを挙げている。
- マークの弟。ブルートーンズのアルバムやシングルのジャケットを手がけており、バンドがインディーに転じてからはPVの制作も自ら手がけた。
バンド解散後は、フリーのアニメーション作家に転向している。
- 元メンバー
- 元ドッジーのサポート・メンバー。1998年から2002年まで在籍。
ブルートーンズ脱退後はオーストラリアに移住していたが、2011年9月に本国で行われたフェアウェル・ツアーに参加するため、久々にバンドに復帰した。
[編集] 来歴
[編集] バンド結成
ザ・スミスやストーン・ローゼズの音楽に触発されたマーク・モリス(ボーカル)とアダム・デヴリン(ギター)、マークの弟のスコット・モリス(ベース)により「The Bottlegarden」というバンドを結成。後にエズ・チェスターズ(ドラムス)も加入し、1993年に「The Bluetones」としてライヴ活動を開始。4人は大ロンドンのハウンズローという町で、同郷のドッジーのメンバーと同じ一軒家に住み込みながら、リハーサルに明け暮れる下積み時代を過ごした。
[編集] デビュー、 一躍人気の頂点へ
1994年、新人バンドの登竜門的存在であるフィアース・パンダ・レコードのコンピレーション盤で「No. 11」という曲を発表(これは彼らが11番目に作った曲ということで名づけられ、後に「Bluetonic」として発表された)。その後、スーパーグラスやシェッド・セヴンなどのオープニングアクトとして全英各地を回り、1995年2月には自主制作シングル「Slight Return/The Fountainhead」をリリースするなどして、クリエイションやフード・レコードをはじめ、数多くのレコード会社からオファーを受けることになった。
バンドはその中からA&Mレコードと契約を結び、1995年6月に1stシングル「Are You Blue or Are You Blind?」を発表。これはインディーチャートで1位を獲得し、全英チャートでも31位に入った。さらに、同年9月発表の2ndシングル「Bluetonic」は全英19位を記録。また日本でもミニアルバム「A Bluetones Companion」を発表し、同年11月にはシャーラタンズのオープニングアクトとして初来日を果たす。
1996年1月、3rdシングル「Slight Return」が全英2位と大ヒットし、ついにブレイクを果たす。同年2月、1stアルバム『Expecting to Fly』を発表。アルバムは、当時モンスターヒットとなっていたオアシスの『(What's the Story) Morning Glory?』を蹴落として、全英1位を獲得。売り上げはプラチナ・ディスクにまで達する成功を収めた。同年4月にはシングル「Cut Some Rug」も全英7位とヒットし、ブリット・アウォーズのベスト・ニュー・バンド部門にノミネートされるなど、早くもバンドは人気の頂点を極めた。また同年9月に発表された新曲「Marblehead Johnson」(全英7位)は、メンバーが特殊メイクでデブに扮したミュージック・ビデオも話題となった。
[編集] ブリットポップ後、メジャーでの活動
1998年2月に先行シングル「Solomon Bites the Worm」(全英10位)、同年3月に2ndアルバム『Return to the Last Chance Saloon』を発表。繊細な作風の前作よりも骨太さを増した楽曲が多く収録されている。アルバムは全英10位と前作の成功には及ばなかったが、ゴールド・ディスクを獲得。また日本でもオリコンチャートのトップ40入りしている。アルバムからは、ブルートーンズを代表する名曲「If...」(全英13位)、「Sleazy Bed Track」(全英35位)、「4-Day Weekend」(日本人アニメーターの森本晃司がミュージック・ビデオを制作した)がシングルカットされた。
2000年2月に先行シングル「Keep the Home Fires Burning」(全英13位)、同年5月にシングル「Autophilia」(全英18位)と3rdアルバム『Science & Nature』(全英7位)を発表。新メンバーとしてキーボード担当のリチャード・ペイン(元ドッジー)が加入し、前作よりもポップかつフォーキーなアルバムに仕上がった。このアルバムはA&Mレコードが吸収合併されたことからマーキュリー・レコードからのリリースとなっているが、より大きなレーベルに移ったことで十分なプロモーションがされなくなってしまったと、マークは後に振り返っている(アルバムからカットされた「Mudslide」のPVはそのことを皮肉ったような内容となっている)。また同年8月には第1回のサマーソニックに出演、11月にレーベルメイトのムーヴァーを引き連れての来日公演も果たしている。
2002年3月に新曲「After Hours」(全英26位)、同年4月にそれまでのシングル曲と新曲を集めた『The Singles』(全英14位)を発表。このアルバムの発表後、リチャードはバンドを脱退。さらにバンドはマーキュリー・レコードを離れることとなり、以後はインディーで活動することになった。
[編集] インディーでの活動
2003年4月に両A面シングル「Fast Boy/Liquid Lips」(全英25位)、同年5月に4thアルバム『Luxembourg』(全英49位)を自主レーベルから発表。マークが「これまでの僕達の作品とはまったく異なる」[2]と語った通り、それまでバンドが多用してきたアコギを一切使用せず、パンクロックやガレージロック、ニュー・ウェイヴに強く影響を受けたアルバムだった。またシングルカットされた「Never Going Nowhere」は全英チャートでは最後のトップ40入りを記録した。
しばらくバンドは充電期間をおいた後、2005年11月にEP「Serenity Now」を自主リリースして活動を再開。それと前後してインディーレーベルのクッキング・ヴァイナルと契約を結ぶ。
2006年2月、マーク・モリスが「The Fi-Lo Beddow EP」をリリース。これ以後もマークはバンドと並行してソロ活動を行うようになっていく。また同年3月、それまでのバンドのシングル曲を集めた3枚組ベストアルバム『A Rough Outline: The Singles & B-Sides 95–03』(全英156位)を発表している。
2006年9月に先行シングル「My Neighbour's House」(全英68位)、同年10月に5thアルバム『The Bluetones』を発表。初期にも通じる蒼く爽やかなメロディーが満載のアルバムに仕上がり、多くの好意的なレビューに迎えられた。アルバムからはさらに「Head on a Spike」、「Surrendered」がシングルカットされた。また2007年3月、ブリティッシュ・アンセムズに出演するために来日を果たした。
2007年には『BBC Radio Sessions』、ライブ・アルバム『Once Upon a Time in West Twelve』とそのDVD『Beat About The Bush』、デビュー前のデモ音源集『The Early Garage Years』、それまでのミュージック・ビデオなどをまとめたDVD『Blue Movies』など、レコード会社主導で数多くの編集盤がリリースされた。
2008年5月、マークがソロ・アルバム『Memory Muscle』を発表。アルバムには自作の新曲群のほかに、「The Fi-Lo Beddow EP」の再録バージョンやティーンエイジ・ファンクラブの「Alcoholiday」のカバーなどが収められている。また同年12月には、ブルートーンズとして『Expecting to Fly』を全曲演奏するツアーを行った。
2010年5月、これまでで最も長いブランクとなる3年半ぶりに、6枚目のスタジオ・アルバム『A New Athens』を発表。メンバーにとっても自信作だったがセールス的に成功を収めるまでには至らず、図らずも本作がラストアルバムとなってしまった。
[編集] 解散を発表、フェアウェル・ツアー
2011年3月28日、同年秋に行われるツアーを最後に解散することをあきらかにして、以下の声明を発表した。
「残念だけど、お別れを言わなきゃいけない時が来たんだ。17年間ツアーして6枚のスタジオ・アルバムを作ってきたけど、ブルートーンズは今秋のツアーを最後にするって決めたよ。僕らの忠実なサポーターたちに感謝の意を表するために、キャリアを総括するようなセットリストを演奏しようと思う。願わくは、盛り上がって終われるといいね。9月にみんなと会えるのを楽しみにしてるよ」[3]。
当初イギリス以外での公演予定はなかったが、ファンやメンバーらの強い要望を受けて、急遽フェアウェル・ツアーを日本でも開催することを発表した[4]。2011年10月1日に行われた大阪公演が、ブルートーンズにとってのラスト・ライヴとなった。
[編集] その他のエピソード
- 1作目から5作目まで、各アルバムの7曲目はどれもファンから人気のある名曲で、必ずシングル化されるという法則があった。
- 一時期、新人バンドの育成にも力を入れており、自らのレーベル「スペリアー・クォリティ・レコーディング」から、R&B系ロックバンドのムーヴァーやパンクバンドのキング・アドラなどをデビューさせていたが、プロモーション・資金不足もあってどれも大きな成功には至らなかった。
- 映画監督のエドガー・ライトは、長年ブルートーンズの大ファンであり、メンバーとも交流がある[5]。エドガーは「Keep the Home Fires Burning」と「After Hours」のミュージック・ビデオを手がけているほか、自らが監督を務めた2010年のアメリカ映画『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』の挿入歌として「Sleazy Bed Track」を起用している(同映画のサウンドトラックにも収録されている)。
[編集] アルバム・ディスコグラフィー
詳細は「ブルートーンズの作品」を参照
[編集] スタジオ・アルバム
- 『Expecting to Fly』 (1996年2月12日発売)
- 『Return to the Last Chance Saloon』 (1998年3月9日)
- 『Science & Nature』 (2000年4月12日)
- 『Luxembourg』 (2003年5月12日)
- 『The Bluetones』 (2006年10月9日)
- 『A New Athens』 (2010年5月31日)
[編集] コンピレーション・アルバム
- 『The Singles』 (2002年4月8日発売)
- 『A Rough Outline: The Singles & B-Sides 95 - 03』 (2006年3月6日)
- 『The Early Garage Years』 (2007年7月30日)
[編集] ライブ・アルバム
- 『BBC Radio Sessions』 (2007年2月26日)
- 『Once Upon a Time in West Twelve』 (2007年6月25日)
[編集] 来日公演
1996年
- 5月22日 東京・新宿LIQUIDROOM
- 5月23日 大阪・心斎橋CLUB QUATTRO
- 5月24日 福岡クロッシングホール
- 5月26日 名古屋CLUB QUATTRO
- 5月27日 東京・新宿LIQUIDROOM
- 5月28日 東京・新宿LIQUIDROOM(追加公演)
1998年
2000年
- 8月5日 サマーソニック00(WTCオープンエアスタジアム)
- 8月6日 サマーソニック00(富士急ハイランド)
2000年(ムーヴァーとのジョイントツアー)
- 11月7日 東京・渋谷CLUB QUATTRO(この日のみ単独公演)
- 11月8日 東京・渋谷ONAIR EAST
- 11月9日 名古屋CLUB QUATTRO
- 11月10日 大阪・心斎橋CLUB QUATTRO
2003年
- 10月30日 東京・新宿LIQUIDROOM
2004年(マーク・モリスのソロ公演)
- 11月19日 東京・渋谷ライブハウスチェルシーホテル
2007年
2011年
[編集] 脚注
- ^ 「Nineties pop star to be osteopath」 "Osteopathic Clinic"。
- ^ 「The Bluetones 4作目となるニュー・アルバムをリリース」 VIBE、2003年3月31日。
- ^ 「ブルートーンズが解散」 OOPS!、2011年3月29日。
- ^ 「解散を発表したTHE BLUETONES、フェアウェル・ツアーを日本でも開催」 TOWER RECORDS ONLINE、2011年5月25日。
- ^ 「Fare thee well, The Bluetones (1993-2011)」 "edgar wright here" 2011年4月1日。
[編集] 外部リンク
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