ブルース・プリチャード

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ブルース・プリチャード
プロフィール
リングネーム ブラザー・ラブ
レオ・ロジャース
ザ・ウィザード
本名 ブルース・プリチャード
ニックネーム 愛の伝道師
身長 183cm - 185cm
体重 106kg - 113kg
誕生日 1963年3月7日(51歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州パサデナ
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ブルース・プリチャードBruce Prichard1963年3月7日 - )は、アメリカ合衆国プロレス関係者。テキサス州パサデナ出身。元WWF世界タッグ王者 "ドクター" トム・プリチャードの実弟だが[1]、ブルースはプロレスラーではない。

ブラザー・ラブBrother Love)の変名で知られ、1980年代末から1990年代初頭にかけて、WWFにてヒールインタビュアーコメンテーターを担当。以降は2008年まで、WWEのブッキング・コンサルタントとしてストーリーラインの構成を手掛けた[1]。近年はTNAのプロデューサーに就任していた[2]

来歴[編集]

テキサス州ヒューストンのプロモーターだったポール・ボーシュのオフィスにて、リングアナウンサーとしてプロレス業界でのキャリアをスタートさせる。時折レフェリーも務め、ボーシュと提携していたビル・ワットのUWFでも働いていたが、1980年代後半、ボーシュがヒューストンのテリトリーをビンス・マクマホンに売却したことにより、WWFに活動の場を移した。

1988年6月より、テレビ伝道師をデフォルメしたヒールのキャラクター、ブラザー・ラブとしてWWFに登場[3]オールバックに眼鏡、白スーツとネクタイに赤いシャツというスタイルで番組のホストを務め、"The Brother Love Show" なるインタビューコーナーも担当。ヒール陣営を賛美する一方で、ハルク・ホーガンをはじめとするベビーフェイスのゲストを愚弄して観客のブーイングを煽り、最後にはベビーフェイスに叩きのめされるというパターンで会場を沸かせた[3]。その弁舌を活かし、1990年秋にWWFにデビューしたジ・アンダーテイカーの初期のマネージャーも担当している[4][5]

1992年に一時WWFを離れてテキサスに戻り、ダラスのインディー団体GWFでの活動を経て、1993年よりWWFに復帰。パット・パターソンジャック・ランザのもとでブッキング業務に携わり、以降クリエイティブ・チームの重要メンバーとなってWWEの隆盛を支えた[6]。ブラザー・ラブのギミックも時折復活させ、2001年4月1日の『レッスルマニアX-Seven』では、レスラー経験がないにもかかわらず、選手として白スーツ姿でギミック・バトルロイヤルに出場した。

2003年2月6日放送の『スマックダウン』では久々にアンダーテイカーと邂逅、当時アンダーテイカーと抗争していたビッグ・ショーからの「贈り物」として巨大な箱の中から登場し、自身が初代マネージャーであったことを恩着せがましくアピールしたが、チョークスラムツームストーン・パイルドライバーでKOされている[7]

以降も『スマックダウン』のライターを担当していたが、2008年12月1日、ステファニー・マクマホンによってWWEを解雇された[1]。ビンス・マクマホンのイエスマンとしてネガティブなイメージを持たれていたことに加え、スタンフォード本社でのミーティングにほとんど出席しなくなるなど、勤務態度の悪化が原因とされている[6]

2010年10月、バックステージのエージェント兼プロデューサーとしてTNAと契約したが[2]2013年7月に解雇された[8]

決め台詞[編集]

  • "I Loooooooooove Yoouuuuuuuuuuuuu!" [1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d OWW Profiles: Brother Love”. Online World of Wrestling. 2011年2月27日閲覧。
  2. ^ a b Bruce Prichard Begins TNA Role”. Yardbarker (October 14, 2010). 2011年2月27日閲覧。
  3. ^ a b Brother Love leaps from ring to stage”. The Houston Chronicle (November 23, 2009). 2011年2月27日閲覧。
  4. ^ Wrestler Profiles: The Undertaker”. Online World of Wrestling. 2011年2月27日閲覧。
  5. ^ WWE Yearly Results 1990”. The History of WWE. 2011年2月27日閲覧。
  6. ^ a b Bruce Prichard's WWE Firing”. Wrestling-TV (December 2, 2008). 2011年2月27日閲覧。
  7. ^ WWE SmackDown! Results”. Online World of Wrestling. 2011年2月27日閲覧。
  8. ^ Two more execs, including head of creative, gone from TNA”. Pro Wrestling Insider (July 17, 2013). 2013年12月3日閲覧。

外部リンク[編集]