ブルカン・カルドゥン

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ブルカン・カルドゥン蒙古文語ᠪᠤᠷᠬᠠᠨ ᠬᠠᠯᠳᠤᠨ Burqan qaldun 、現代モンゴル語Бурхан Халдун ボルハン・ハルドン、ブルカン山ブルカン岳ブルカン嶽とも)はモンゴル国ヘンティー県にあるヘンティー山脈。『元朝秘史』では不児敦 Burqan Qaldun 、『集史』でも بورقان قالدون Būrqān Qāldūn と書かれる。モンゴル族発祥の聖地であり、チンギス・カンの故郷にして墓所であるといわれ、神聖視される。山名の「ブルカン」 Burχan〜Burqan とは、本来「仏陀」が(古代)ウイグル語などのテュルク語化したものが、さらにモンゴル語化した形であり、「仏」や「神」を意味する。また「カルドゥン」 qaldun とは、一般にモンゴル語で「孤嶺」を意味するが、アルタイ語研究のニコラス・ポッペよると、ダフール語では「ポプラの茂みに覆われた山」を意味すると言う。ブルカン・カルドゥンとは、おおよそ「神の山/丘」を意味する。

チンギス・カンにまつわる伝説[編集]

元朝秘史』冒頭の伝説によると、チンギス・カンの先祖でモンゴル族の遠祖であるボルテ・チノとその妻コアイ・マラルが大湖(tenggis)を渡ってやって来た時、オノン川の源のこのブルカン・カルドゥンに住まいし、そこで最初の子であるバタチカンが生まれたという。また、のちのチンギス・カンことテムジンが少年時代に父イェスゲイを亡くした時、テムジン一家が身を寄せて住まいしていたのがブルカン・カルドゥンの麓だったと言う。当時対立していたメルキト族の兵たちに追われた折に、テムジンはブルカン山中を方々に逃げて追手をくらまし、ついに逃げおおせてこれに感謝したテムジンは「朝ごと祭り、日ごとに祈」るように誓ったと言う。これらのことからチンギス・カンの一族はこの山麓に起居する氏族だったと思われる。

ラシードゥッディーンの『集史』によると、ブルカン・カルドゥンとはモンゴルの地にある大きな山であり、そこから多くの河川が流れ出て、数え切れない程木々に覆われ、たくさんの茂みや林になっていると言う。またチンギス・カンは死後、自分自身とその一族の埋葬地としてこのブルカン・カルドゥンを定めたと言う。(『元史』によると、チンギス・カンは起輦谷(ヘルレン川?)へ葬られ、以後ボルテトルイなどのチンギスの近親、オゴデイから元朝末期までの歴代モンゴル皇帝はチンギスの墓所に隣り合って埋葬されたと記録するが、その遺体は現在も特定されていない。)

1992年に一帯12,000 km²がヘンティー・ハーン厳正保護区に指定された。

「モンゴルの聖なる山々」としてボグド・ハーン山オトゴン・テンゲルと共に世界遺産候補として申請中である。