ブラニスラブ・カペタノビッチ

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2008年4月、衆議院議長公邸を訪れた際、河野洋平(右)と

ブラニスラヴ・カペタノヴィッチBranislav Kapetanović、1965年 - )は、セルビアの元軍人でNGO活動家、クラリェヴォ(Kraljevo)出身。1995年から技術者として地雷除去部隊に従軍していたが、2000年にNATO軍によって投下されたクラスター爆弾の不発弾の処理中に事故にあい両手両足を失う。その後リハビリを経てNGO連合『クラスター爆弾連合(Cluster Munition Coalition)』のスポークスマンとして[1]、クラスター爆弾撤廃の啓発活動のために世界各地を訪れている。

2008年4月には来日し、衆参両院議長などへの表敬訪問や講演などを積極的にこなしたほか、母国の英雄である名古屋グランパスの監督ドラガン・ストイコビッチとも対面を果たし「彼は私たちのヒーローです」と讃えられている[2]

関連項目[編集]

脚注[編集]