ブラック-ショールズ方程式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ブラック-ショールズ方程式(ブラック-ショールズほうていしき)とは、金融派生商品の価格づけに現れる確率微分方程式(およびその境界値問題)のことである。ヨーロピアンオプション[1]のオプション・プレミアム[2]の計算には使用できるがアメリカンオプション[3]には使用できない。後述のブラック-ショールズモデルを基礎とする。

1973年フィッシャー・ブラックマイロン・ショールズが共同で発表した。後にロバート・マートンが彼らの方法に厳密な証明を与えた。これらの理論は現代金融工学の先がけとなったとも言われる。

ブラック-ショールズモデル[編集]

ブラック-ショールズモデルは、1種類の配当のないと1種類の債券の2つが存在する証券市場のモデルである。

そして、時刻 t における株価 St と債券価格 Bt が次の2式を満たすものをいう。

ただし、Wt は標準ウィーナー過程r, σ, μ は定数で、r は無リスク利子率、σ をボラティリティ[4]、μ をドリフト[5]とする。

  • d\log S_t = \sigma dW_t + \mu dt
  • B_t = \exp(rt)

ここで、0 ≤ tT で発展的可測な適合過程の組 (at(ω), bt(ω)) を取る。att 時点で状態が ω の場合の株式の保有量、bt(ω) は同債券の保有量である。このような組 (a, b) を、株式と債券の取引戦略という。区間 [0, T] における取引戦略 (a, b) が自己資本充足的であるとは、0 ≤ tT の各時点 t に対し、次の式が満たされることである。

a_t + b_t = a_0 + b_0 + \int_0^t a_s dS_s + \int_0^t b_s dB_s

ブラック-ショールズ方程式[編集]

ブラック-ショールズ方程式の導出[編集]

ブラック-ショールズモデルの下で、満期 T において行使価格が K であるヨーロッパピアン・コールのオプションプレミアム C = C(St, t) が無裁定となるように適正な価格となる条件を求める。区間 [0, T] で自己資本充足的な取引戦略 (a, b) を、各 t 時点で次のように定める。これを複製ポートフォリオ (replicating portfolio) という。

C = a_t S_t + b_t B_t

上式右辺の自己充足性により、次の式が導かれる。

dC = a_t dS_t + b_t dB_t = (\mu a_t S_t + r b_t B_t)dt + \sigma a_t S_t dW_t

他方、伊藤の公式により次の式が立つ。

\begin{align} d C
 &= \frac{\partial C}{\partial t}dt + \frac{\partial C}{\partial S_t} dS_t 
    + \frac{\sigma^2}{2} S_t^2\frac{\partial^2 C}{\partial S_t^2}dt\\
 &= \left(\frac{\partial C}{\partial t} + \mu S_t \frac{\partial C}{\partial S_t} 
    + \frac{\sigma^2}{2}S_t^2 \frac{\partial^2 C} {\partial S_t^2} \right)\! dt 
    + \sigma S_t \frac{\partial C}{\partial S_t} dW_t
\end{align}

係数を比較してやると、次の式が得られる。

a_t = \frac{\partial C}{\partial S_t},
\mu a_t S_t + r b_t B_t = \frac{\partial C}{\partial t} + \mu S_t \frac{\partial C}{\partial S_t} + \frac{\sigma^2}{2}S_t^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S_t^2}

これを使って複製ポートフォリオから at, bt を消去すると、次のブラック-ショールズ方程式が得られる。

r C = \frac{\,\partial C\,}{\partial t} + \frac{1}{2}\! \left( \sigma^2 S_t^2 \frac{\,\partial^2 C\,}{\partial S_t^2} \right) + r S_t\frac{\partial C}{\,\partial S_t\,}

この境界条件は下の3つである。

  • C(0, t) = 0 (t(≤ T) は任意)
  • C(St, t) ∼ St as St → ∞ (t(≤ T) は任意)
  • C(St, T) = max{SK, 0}

ブラック-ショールズ方程式の解[編集]

同方程式は、確率微分方程式、すなわち確率積分に関する方程式である。これを偏微分方程式とみなして解が存在すれば、それは当然同方程式の解である。同方程式において、次のように変数変換する。

\begin{align} 
 & C(S_t, t) = e^{r(t - T)}u(S_t, t), \\
 & z = \frac{\log(\frac{S_t}{K}) + (r - \frac{\sigma^2}{2})(T - t)}{\sigma}, \\
 & s = T - t
\end{align}

これは、次のような1次元熱伝導方程式(拡散方程式)の初期値問題となる。

\frac{\partial u}{\partial s} = \frac{1}{2}\cdot\frac{\partial^2 u}{\partial z^2}

これを解いて元の変数に戻すと、ブラック-ショールズ方程式の解は次の形で与えられる。

C(S_t, t) = S_t N(d_1) - Ke^{-r(T-t)} N(d_2)

ただし、下記の条件においてである。

  • N(x) =\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} \int_{-\infty}^{x} e^{-\frac{y^2}{2}}dy,
  • d_1 = \frac{\log(\frac{S_t}{K}) + (r+\frac{\sigma^2}{2})(T-t)}{\sigma \sqrt{T-t}},
  • d_2 = \frac{\log(\frac{S_t}{K}) + (r-\frac{\sigma^2}{2})(T-t)}{\sigma \sqrt{T-t}}

これが「適正価格」と呼ばれる背景としては、上述のとおり株と債券を使ってヨーロピアン・コールオプションを複製することができるという事実から来ている。このように、無裁定価格理論においては、ある金融商品の価格はそれを複製するのに必要な元手である、と考えることが多い。

実務への応用[編集]

米系投資銀行ソロモンブラザーズ(現シティグループ)は、1980年代には既に金融商品のプライシングに応用していた[要出典]。オプションの理論価格算定方式が数学上非常に明晰な形で提供されたことはSPAN証拠金(1988年にシカゴ・マーカンタイル取引所が開発したリスクベースの証拠金計算方法)に決定的な示唆を与えている。

オプション価格の理論値が得られることから、適正プレミアムの獲得や現実の取引価格との乖離が投資戦略として裁定取引上の利益目標となり得ると考えられた。この点、実際にはテイルリスク[6]に対する脆弱性などが指摘されている。そしてロングターム・キャピタル・マネジメント破綻[7]により現実的妥当性まで疑問視された。しかし、投資中に発生するイベントの定性情報[8]を無視したポートフォリオ戦略[9]としては依然として強力であり、それまでアナロジーアフォリズムアノマリーテクニカル分析などといった従来の「投資の慣行」を超え、確率論からの記述が与えられた貢献は大きい。

現実的でない2つの仮定[編集]

ブラック-ショールズ方程式は、価格の変化率の分布が正規分布に従うという仮定を置いている。しかし現実の金融商品では必ずしも正規分布が成立しない。例えば、価格変化率の確率過程のマルチンゲール性によっては伊藤の公式は成り立たない。そしてブラック-ショールズ方程式は伊藤の公式を利用して導かれている。よって伊藤の公式が成り立たないとき、ブラックショールズの解は現実世界から乖離する。この方程式を金融実務へ応用することには批判がある。

また、ブラック-ショールズ方程式は現実に成立した市場価格のみを参照情報としている。この式を利用した運用は、いわゆるパッシブ投資法[10]である。つまり、現実の企業活動[11]への評価や予想を織り込んだ長期運用、あるいは市場参加者(投資家)の心理や損益状況、特定投資家が特別な状況に追い込まれていることを逆手にとったアクティブ投資戦略[10]にとっては、その投資戦略があからさまに読み取れて格好の攻撃対象になる可能性がある[12]

脚注[編集]

  1. ^ 満期日のみ行使可能なオプション。
  2. ^ コール・オプションとプット・オプションの両方について。オプション取引参照。
  3. ^ 購入日から満期日までのいつでも権利行使することのできるオプション。その分、アメリカンオプションのプレミアムは割高になっている。
    行使日が分からないため価格付けが難しい(※)。良い計算方法が理論化できていない。しかし格子モデルブレネン-シヴァルツアルゴリズムなどがよく用いられている
    (※)『ファイナンス~PVとオプション~』 S.M.ロス著 西村優子、高見茂雄、西村陽一郎 訳
  4. ^ 株価の変動の激しさ
  5. ^ 株価の平均増加率
  6. ^ 過去に無い相場に遭遇したり、とりわけ統計的に検定除外されてしまうほどめったに発生しない局面でのリスク
  7. ^ このヘッジファンドは4年(1994-1998)で破綻した。資金の集中した時期から、ここへマイロン・ショールズも参加していた。また、資金運用にブラック-ショールズ方程式が活用されていた。ファンドの破綻した大きなきっかけは1998年のロシア財政危機であった。この規模の恐慌は方程式によると希であるはずだったが、実際それほど希ではない。
  8. ^ 文章や画像、音声といった、数値化のむずかしい情報。対義語は定量情報。
  9. ^ 将来何が起きるかは知りえないことを前提とした投資戦略
  10. ^ a b 年金積立金管理運用独立行政法人の資産運用法を参照。
  11. ^ 簿外債務の原因となりうる市場外取引その他。山一証券を参照。
  12. ^ この場合、市場価格は確率的に変動しない。誰かが破綻・破産することを収益機会とするゲームが成立してしまうため、市場参加者に無意識での協働が成立する。

関連項目[編集]