ブラックマン
| ブラックマン | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | ブラックマン スパイダーマン ラ・ガセラ セレッシャル |
| 本名 | アルバロ・メレンデス |
| ニックネーム | 黒忍者 |
| 身長 | 168cm |
| 体重 | 86kg(全盛時) |
| 誕生日 | 1949年2月19日(63歳) |
| 出身地 | ハリスコ州グアダラハラ |
| トレーナー | ディアブロ・ベラスコ |
| デビュー | 1965年 |
ブラックマン(Blackman)のリングネームで知られるアルバロ・メレンデス(Álvaro Meléndez Tibanez、1949年2月19日 - )は、メキシコ・ハリスコ州グアダラハラ出身のプロレスラー。コーナーポストへの倒立など変幻自在な動きをトレードマークに、テクニコの覆面レスラーとして活躍した。
目次 |
[編集] 来歴
ディアブロ・ベラスコのジムでルチャを習得し、1965年(1969年説もあり[1])にラ・ガセラ(La Gacela)のリングネームでデビュー[2]。1977年より日本の忍者をモチーフとした黒覆面のブラックマン(Blackman)に変身し[2]、1978年9月10日にはエル・マテマティコからUWA世界ライト級王座を奪取、1981年9月30日にブラック・テリーに敗れるまで3年間に渡ってタイトルを保持した[3]。
1982年3月、新日本プロレスに初来日。小柄・軽量ながらも初代タイガーマスクと好勝負を展開した[4]。佐山聡本人も、2008年にポニーキャニオンより発売されたDVD-BOX『初代タイガーマスク大全集』において、ブラックマンの試合巧者ぶりを高く評価している[4]。1984年からはカンフー・ギミックのクン・フー&カト・クン・リーとのオリエンタル系ユニット、ロス・ファンタスティコス(Los Fantásticos)を結成して人気を博すが、佐山もメキシコ修行時代、この両者とトリオを組んでいた[4]。
1986年2月9日には、ブルー・パンテルを破ってUWA世界ウェルター級王座を獲得[5]。2階級制覇を果たしたものの、翌週2月16日にパンテルとのマスカラ・コントラ・マスカラに敗れ、以降メキシコでは素顔でファイトした[2]。
1990年代はユニバーサル・プロレスリングに来日し、1993年3月13日に後楽園ホールにてスペル・デルフィンとマスカラ・コントラ・マスカラを行うも再び敗退、日本でも覆面を脱いでいる[2]。1995年11月にはみちのくプロレスに参戦し、彼の影響下にある中島半蔵とのコーナーポスト倒立合戦も見られた。
キャリア晩年は、闘龍門のコーチとなって日本人ルチャドールを指導した[4]。引退後はヌエボ・レオン州のモンテレイにてジムとレストランを運営[2]。
[編集] 得意技
[編集] 獲得タイトル
[編集] 脚注
- ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P55(2002年、日本スポーツ出版社)
- ^ a b c d e “Black Man”. Luchawiki. 2011年1月10日閲覧。
- ^ a b “UWA World Lightweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月10日閲覧。
- ^ a b c d 『Gスピリッツ Vol.15』P48(2010年、辰巳出版)ISBN 477780772X
- ^ a b “UWA World Welterweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月10日閲覧。
- ^ “UWA World Trios Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年1月10日閲覧。
