ブライアン・ウィンターズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ブライアン・ウィンターズ
Brian Winters
名前
本名 Brian Joseph Winters
ラテン文字 Brian Winters
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1952年3月1日(62歳)
出身地 ニューヨーク州ロッカウェイ
身長 193cm
体重 84kg
選手情報
ポジション シューティングガード
背番号 32
ドラフト 1974年 12位
経歴
1974-1975
1975-1983
ロサンゼルス・レイカーズ
ミルウォーキー・バックス
監督歴
1995-1997
2001-2002
2004-2007
バンクーバー・グリズリーズ
ゴールデンステート・ウォリアーズ
インディアナ・フィーバー(WNBA)

ブライアン・ウィンターズBrian Winters, 1952年3月1日 - )はアメリカプロリーグNBAで活躍した元バスケットボール選手。ニューヨーク州ロッカウェイ出身、サウスカロライナ大学出身。ポジションはシューティングガード、身長193cm、体重84kg。キャリアの大半を過ごしたミルウォーキー・バックスでは彼が着用した背番号『32』が永久欠番となっている。現役引退後は指導者に転向し、NBA、女子プロリーグWNBAのヘッドコーチを歴任した。

経歴[編集]

選手キャリア[編集]

サウスカロライナ大学卒業後、1974年のNBAドラフトで1巡目12位指名を受けてロサンゼルス・レイカーズに入団。平均11.7得点をあげ、オールルーキー1stチームに選ばれている。ルーキーシーズン終了後、レイカーズは大物センターカリーム・アブドゥル=ジャバー獲得のためウィンターズを放出し、ウィンターズはミルウォーキー・バックスに移籍した。以後、ウィンターズはバックスで1975-76シーズンから引退する1982-83シーズンまでの8シーズンを過ごすことになる。バックスではボブ・ダンドリッジらと共に中心選手として活躍し、移籍1年目には初のオールスターに選ばれ、キャリアハイの平均19.9得点4.9アシストを記録した1977-78シーズンにもオールスターに出場した。選手としてのウィンターズは優秀なジャンプシューターとして知られ、1979-80シーズンからNBAに新たに導入されたスリーポイントシュートにも即座に対応。3シーズンでスリーポイントシュート成功率トップ10入りを果たした。ジャバーの移籍後平凡な成績が続いていたバックスは、ドン・ネルソン指導のもとで再建が図られ、1980年代に入ると再び強豪へと返り咲いた。この頃にはシドニー・モンクリーフマーカス・ジョンソンら新しい選手がチーム内で台頭していたが、ウィンターズはシックスマンとしてバックスの再建と躍進に貢献した。1982-83シーズンを最後に引退したウィンターズは翌1983-84シーズンの開幕戦に背番号『32』が永久欠番となった。

  • NBA通算成績
    • 650試合出場
    • 10,537得点(平均16.2得点)
    • 2,674アシスト(平均4.1アシスト)
    • FT成功率:.842

コーチキャリア[編集]

現役引退後はプリンストン大学の名コーチ、ピート・カリルのもとで2年間コーチ術を学んだ後、NBAに戻ってクリーブランド・キャバリアーズアトランタ・ホークスで7年間アシスタントコーチを務めた。1995年に誕生したばかりのバンクーバー・グリズリーズのヘッドコーチに就任。2シーズン采配を握ったが成績は振るわず、1996-97シーズン途中にコーチの任を解かれた。その後ゴールデンステート・ウォリアーズのアシスタントコーチに就き、2001-02シーズンにはデイブ・コーウェンスの解任に伴い、ヘッドコーチに昇格したが、シーズン終了後にウィンターズも解任された。2004年には女子プロリーグWNBAインディアナ・フィーバーのヘッドコーチに就任し、2度プレーオフ出場に導いている。NBAコーチ通算成績は36勝148敗、勝率.196だった。

外部リンク[編集]


先代:
ネル・フォートナー
インディアナ・フィーバー ヘッドコーチ
2004–2007
次代:
リン・ダン