フーゴー・ディストラー

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フーゴー・ディストラー

フーゴー・ディストラー(Hugo Distler, 1908年6月24日 - 1942年11月1日)はヴァイマル共和国期から第三帝国期にかけて活躍したドイツ作曲家福音教会教会音楽家として名高いが、チェンバロ協奏曲などの器楽曲も遺している。

ニュルンベルク出身。ライプツィヒ音楽院に当初は指揮科に学ぶが、後に教員の助言によって、作曲科とオルガン科に転属した。1931年リューベックの聖ヤコビ教会にオルガニストとして就任した後、シュパンダウ宗教音楽学校で教鞭を執るようになり、1937年シュトゥットガルト宗教音楽学校の教授に迎えられた。

友人の空爆、職務上のプレッシャーナチスによる常なる徴兵の脅威によって次第に気味となり、1942年にベルリン自殺を遂げた。34歳。

ディストラーの作品はポリフォニックで頻繁にメリスマが用いられており、しばしばペンタトニックに依拠している。これらの特徴のために、ディストラーの作品はナチスによって「頽廃音楽」の烙印を押された(自殺の直接の動機は、このような政治的背景によるものとする説もみられる)。