フロイド・メイウェザー・シニア

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フロイド・メイウェザー・シニア
Floyd Mayweather, Sr. cropped.jpg
基本情報
本名 フロイド・ジョイ・メイウェザー
階級 ウェルター級
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1952年10月19日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス区
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 36
勝ち 29
KO勝ち 19
敗け 6
引き分け 1
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フロイド・メイウェザー・シニアFloyd Mayweather, Sr、男性、1952年10月19日 - )は、アメリカ合衆国の元プロボクサー、現トレーナー。本名はフロイド・ジョイ・メイウェザーFloyd Joy Mayweather)。ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス区出身。

世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザー・ジュニアは息子。世界2階級制覇王者ロジャー・メイウェザージェフ・メイウェザーは弟。

プロボクサーとしては大成しなかったが、ボクシング史上に残る名ボクシングトレーナーとして知られる。

来歴 [編集]

1974年11月21日、プロデビュー。

1985年4月26日USBA全米ウェルター級王座に挑戦するも、0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。デビュー35戦目で初のタイトルマッチ出場となった。

世界ランカーであった時期に、当時米国ボクシング界のホープで後の五階級制覇王者シュガー・レイ・レナードと対戦したことがある。試合は10回にレナードの高速連打をあびTKO負け。

1990年11月3日の試合を最後に引退した。

息子であるフロイド・メイウェザー・ジュニアにボクシングを教え、マネージャーも務めた。1998年にはマネージャー・オブ・イヤーに選出された。

ジュニアとはファイトスタイルを巡って対立し不仲となっていき、ジュニアが最初の世界王座(WBC世界スーパーフェザー級王座)を獲得すると、マネージャーを解雇された。後任にはロジャー・メイウェザーが就いた。

1993年、コカイン密売で有罪判決を受け、5年間服役した[要出典]

ボクシングトレーナーとして、オスカー・デ・ラ・ホーヤ(2001年 - 2006年)、チャド・ドーソンリッキー・ハットンホアン・グズマンレイラ・アリなどを指導した。デ・ラ・ホーヤがジュニアと対戦した際には一時的に指導を取りやめた。

現在はセレスティーノ・カバジェロの専属トレーナーを務めている。

2011年にメイウェザー・ジュニアと和解し、ビクター・オルティス戦では試合の直前までアドバイスを送っている。

2013年からはメイウェザー・ジュニアのチームに復帰し、アシスタントマネージャーになる予定。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]