フレデリック・キースラー

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フレデリック・キースラー

フレデリック・キースラー(英文表記:Frederick John Kiesler, 1890年9月22日 - 1965年12月27日)は、オーストリア・ハンガリー帝国のチェルノヴィッツ(現在のウクライナチェルニウツィー)生まれの芸術家。ニューヨークで没した。

人物[編集]

1908年から1909年までウィーンの工科大で学び、その後1910年から1912年にウィーンの絵画芸術アカデミーで絵画と版画を学んでいる。工科大学の建築専門課程は修了していない。1920年から短い間であるがアドルフ・ロースの下で働いている。 1920年代にベルリンとウィーンで舞台芸術や展示会場のデザインで活躍した。劇場建築などを主に手がけ、世界で初めて映画専門の建築的な場を作った。

1923年からデ・ステイルのメンバーであった。キースラーは当時のヨーロッパ前衛芸術家と広く交際があった。

建築家でもあったが、建築を建てない建築家「アンビルドアーキテクト」として有名であり、魔法の建築家「マジックアーキテクト」とも呼ばれた。

アメリカで仕事を主にしたが、建築家フィリップ・ジョンソンをして「キースラーほど建築を建てないで有名な建築家はいない」と言わしめた。

コロンビア大学院教授。ニューヨークにあるコロンビア大学研究機関であるコルリエーション研究所の代表でもあった。

エンドレスハウスを代表作として、現代建築思潮の先駆けとなる理念を50年前から提唱していたという点は特筆すべき点である。

日本の芸術家との関係[編集]

メディア・アーティストで知られる山口勝弘はキースラーに師事した。山口勝弘は「環境芸術家キースラー」などの著書を書いた。

キースラーの死後の2009年に伊東豊雄がフレデリック・キースラー賞を取った。

作品[編集]

  • エンドレスハウス(MOMA近代美術館、ニューヨーク)
  • マジック・アーキテクチャ―(建築理論)
  • 本の神殿(エルサレム)