フリーハウス

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フリーハウス
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1994年3月22日
死没 2004年7月19日[1]
Smokester
Fountain Lake
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Lyonstown Stud
馬主 Trudy McCaffery & John Toffan
調教師 J.Paco Gonzalez
競走成績
生涯成績 22戦9勝[1]
獲得賞金 3,178,971ドル
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フリーハウス (Free House) はアメリカ合衆国競走馬種牡馬。1990年代後半にアメリカダート中距離路線で活躍した一頭であり、現役時代はおもにケント・デザーモクリス・マッキャロンなどが騎手を務めた。1997年と1998年のカリフォルニア年度代表馬。

戦跡[編集]

デビュー2戦目で勝ち上がると、続くノーフォークステークス重賞初制覇。そこからしばらく勝ちが遠のくも、3歳になったサンヴィンセンテステークスではのちの二冠馬でもあり、ライバルでもあるシルヴァーチャームに迫る2着と好走、翌走サンフェリペステークスではシルヴァーチャームを退けて優勝した[1]。さらにサンタアニタダービーでもシルヴァーチャームを破り[1]G1制覇を成し遂げた。しかし三冠戦ではケンタッキーダービー3着、プリークネスステークス2着、ベルモントステークス3着と惜敗し[1]、3戦ともにシルヴァーチャームの後塵を拝すことになった。

その後も4歳時にパシフィッククラシックステークス、5歳時にサンタアニタハンデキャップをそれぞれ優勝し[1]、長らくアメリカダート中距離路線のエース格として走り続けた。5歳時のピムリコスペシャルハンデキャップの2着を最後に筋肉を痛め、そのまま引退した。

年度別競走成績[編集]

  • 1996年(5戦2勝) - ノーフォークステークス(G2)
  • 1997年(10戦3勝) - サンタアニタダービー(G1)、サンフェリペステークス(G2)、スワップスステークス(G2)
  • 1998年(4戦2勝) - パシフィッククラシックステークス(G1)、ベルエアハンデキャップ(G2)
  • 1999年(3戦2勝) - サンタアニタハンデキャップ(G1)、サンアントニオハンデキャップ(G2)

種牡馬入り後[編集]

引退後はヴェッセルスタリオンファームで種牡馬入りしたが、2004年に放牧中の事故が原因で、10歳の若さで死亡している[1]

代表産駒[編集]

  • House Of Fortune - ハリウッドブリーダーズカップオークス(G2)、ファンタジーステークス(G2)[1]

血統表[編集]

フリーハウス血統ネヴァーベンド系 / Nearco 5x5=6.25%、Princequillo 5x5=6.25%)

Smokester
1988 黒鹿毛
Never Tabled
1977 黒鹿毛
Never Bend Nasrullah
Lalun
Table Flirt Round Table
Gigi
Small World
1982 鹿毛
Transworld Prince John
Hornpipe
Swoon Bread Swoon's Son
Lawdy Claudy

Fountain Lake
1987 芦毛
Vigors
1973 芦毛
Grey Dawn Herbager
Polamia
Relifordie El Relicario
Crafordie
Hotsie Totsie
1977 芦毛
Icecapade Nearctic
Shenanigans
Justaguest Groton
Guest Shot

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h netkeiba ニュース「3冠惜敗の種牡馬フリーハウスが死亡」” (日本語). netkeiba.com. ネットドリーマーズ (2004年7月21日). 2013年2月16日閲覧。

外部リンク[編集]