フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ヘッセン=カッセル

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フリードリヒ・ヴィルヘルム・ゲオルク・アドルフ・フォン・ヘッセン=カッセル

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ゲオルク・アドルフ・フォン・ヘッセン=カッセルFriedrich Wilhelm (II.) Georg Adolf von Hessen-Kassel (zu Rumpenheim), 1820年11月26日 - 1884年10月14日)は、ヘッセン=カッセル=ルンペンハイム方伯1875年以降ヘッセン=カッセル方伯家家長であり、母方を通じてデンマーク王位請求権を持っていた。

生涯[編集]

フリードリヒは、ヘッセン=カッセル=ルンペンハイム方伯ヴィルヘルム(ヘッセン=カッセル方伯フリードリヒ2世の孫)と、デンマーク王女ルイーセ・シャロデクリスチャン8世の妹)との長男として、コペンハーゲンで生まれた。姉ルイーゼクリスチャン9世妃となった。フリードリヒは3歳以降デンマークで育ち、長じて軍人となった。

1844年1月、ロシア皇女アレクサンドラ・ニコラエヴナニコライ1世の娘)と結婚した。しかし、アレクサンドラは男児を出産後急死し、未熟児で生まれた長男ヴィルヘルムも夭折した。

1853年マリア・アンナ・フォン・プロイセン(プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の孫)と結婚し、6子をもうけた。

先代:
フリードリヒ・ヴィルヘルム1世
ヘッセン=カッセル方伯家家長
1875年 - 1884年
次代:
フリードリヒ・ヴィルヘルム