フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン

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フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン(Friedrich von Hohenzollern-Sigmaringen, 1891年8月30日 - 1965年2月6日)は、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯家の子孫でプロイセン王族。全名はフリードリヒ・ヴィクトル・ピウス・アレクサンダー・レオポルト・カール・テオドール・フェルディナントFriedrich Viktor Pius Alexander Leopold Karl Theodor Ferdinand)。ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯ヴィルヘルムの長男で、1927年から1965年までホーエンツォレルン侯家の家長であった。

フリードリヒは1891年8月30日、ヴィルヘルムとその最初の妻であった両シチリア王子ルイジトラーニ伯爵)の娘マリーア・テレーザ(ドイツ語名マリア・テレジア、1867年 - 1909年)の間に第二子(双子の一人目)としてハイリゲンダムで生まれた。

1920年6月2日にフリードリヒはザクセンフリードリヒ・アウグスト3世の王女マルガレーテシュレージエンのSibyllenort(現ポーランドドルヌィ・シロンスク県ヴロツワフ郡Szczodre)で結婚した。彼女との間には四男三女が生まれ、三男のヨハン・ゲオルクスウェーデン王女ビルギッタ(1937年 - 、スウェーデン王カール16世グスタフの姉)の夫となった。

1965年2月6日、フリードリヒはバーデン=ヴュルテンベルク州ジグマリンゲン郡クラウヒェンヴィースで死去した。ホーエンツォレルン侯家の家長は長男のフリードリヒ・ヴィルヘルムが嗣いだ。

子女[編集]

マルガレーテとの間には以下の四男三女をもうけた。

先代:
ヴィルヘルム
ホーエンツォレルン侯家家長
1927年 - 1965年
次代:
フリードリヒ・ヴィルヘルム